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翠の瞳 ~塔の魔術師 外伝~  作者: と〜や
花街 ――六日目
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9.花街 3

 ユレイオンは所在なげに部屋の中を見回した。娼館に入るのはこれで二回目だが、部屋によってずいぶん雰囲気が違う。深い紅色の絨毯に壁掛け、天井まで届く本棚には本が並んでいる。薄い布をかけられた天蓋付きベッド、柔らかそうなクッションと白いシーツ。

 あの日見た部屋ではなかった。やはりあの日見たのは先ほどの館に間違いない。

 その後の光景を思い出して、ユレイオンは頭を振った。


 ――何をじっくり見ているのだ、私は。ここは女性の寝室ではないか。


 目のやりどころがなくなって、仕方なく窓の外に目をやった。二階の窓からは、すぐ近くの城壁がみえるだけだ。光の様子から、日はもう昇ったのだろう。

 足音がして女性が入ってきた。あの女――アイランと名乗った女だ。手には茶器を載せた盆がある。


「あら、くつろいでくれててよかったのに」

「いえ、お構いなく」


 彼女はてきぱきと茶器を並べ、ティーポットから茶を注ぎ分けた。いい香りがふわっと広がる。


「どうぞお座りになって。少しはおもてなしさせてね?」


 話を、と言いかけた口を閉じ、ユレイオンは席についた。すでに準備された茶を断るのも無粋だろう。


「ごめんなさいね、先ほどはキリが酷いことを言って。先日ひどい目に遭っちゃって、ちょっと人間不信になってるの。本当は素直ないい子なんだけど」


 先ほど、彼女に裏口から案内された時も、あの痩せた女は敵意を隠そうとはしなかった。彼女のとりなしがなければ再び外に放り出されていただろうことは容易に想像がつく。


「いえ、無理を通そうとしたのはこちらですから」


 そう答えながら、ポットの向こうの彼女を観察する。

 取り乱して自分を引き止めた割には急ぐ様子はない。艶やかな笑みを絶えずたたえ、その一挙手一投足までが美しく見えるように振舞っている。

 路地で食ってかかったかと思えばいきなりすました顔に戻ったり、やはりこれは客引きだったのだろうか、と思えてくる。だが、金銭の請求はされていない。

 その誘いにうかうかと乗った自分も自分だが、今のところ有力な手がかりには違いない。

 湯気が視界を遮る。


「さ、どうぞ。東のお茶ですけれど、お口にあいますかしら」


 差し出された茶は実に美味だった。が、昔飲んだことのある味と気が付き、ユレイオンは眉根を隠せて茶器を置いた。


「お口にあいませんでした?」

「いえ、お気になさらず。それより、話を聞かせていただけますか?」

「そうね」


 彼女は手の中の茶器をしばらく見つめて弄んだ。それから、まっすぐユレイオンを見た。


「あなたが金髪の魔術師を探している、というのが聞こえて、もしかしたら、と思ったの。――あなた、彼を知っているのよね?」


 ユレイオンは逡巡ののち、口を開いた。


「私の探す人物とあなたの言う人物が同じであれば、おそらくは」

「そう――そうね。私達は客の素性を聞かないし、他の人には言わないのがルール。本来なら、私があなたを引き止めたのはルール違反。でも」


 細く書かれた眉が寄り、彼女はぎゅっと目を閉じた。紅を引いた口元が引き締められた。


「そんなことを言ってる場合じゃないの。時間が――ないのよ」


 目を開いた彼女は、路地で食って掛かってきた時の顔をしていた。先ほどまでの優雅な笑みはもうどこにもない。


「詳しく聞かせてください。どんなことでも、今は情報が欲しいのです」

「ええ、わかりました」


 女はホッとしたように胸を押さえた。


「あなた、黄金花についてはご存知?」


 ユレイオンは初日の祭事での光景を思い出した。神殿の奥で女性たちの手によって大切に育てられた黄色い花は、市井の人にとってはこの祭りの何より価値があるのだ、と塔長からは聞かされている。


「一応は」

「あの花は、初日の日没に儀式をしなければ呪いをかけるの」

「呪い?」


 ユレイオンの言葉に彼女はうなずいたあ。


「色々噂には聞いてたけど、そんな馬鹿なことあるはずないって思ってたわ。でも――ほんとだった。あたし、彼にあげたのよ。彼はこの街の出身だって言うから、てっきり知ってるものだと思ってたの。でも……」


 言葉が途切れる。懸命に涙をこらえているのが見て取れた。


「儀式をしなかった?」


 アイランは小さくうなずいた。


「儀式を忘れたら、すぐに神殿に行って花を落としてもらえばいい。そう説明したんだけど、神殿には戻りたくないって言って……。呪いもあまり気にしてなかったみたい。そうしたら、だんだん花が大きくなって」

「大きく?」

「ええ、もともと花には茎しかついてなかったのに、葉とつぼみが増えて。触ろうとしたんだけれど、触れなくなってて」

「触れない?」

「ええ、布で隠したりしてみたんだけど、効果はなかったわ。大通りで手にした時にはちゃんと触れたし、髪に挿した時もちゃんとそこにあるって分かってたのに」

「それで、彼はいつから?」


 話の論点がずれそうになって、ユレイオンは促した。


「昨日の朝、目を覚ました時にはもういなかったの。でも、お客さんにはそういういうことはよくあることだし、昼間は祭を楽しみに行くお客さんも多いから、あたしたちはその間に部屋を片付けたり料理の仕込みをしたり、体を清めたり休んだりするの。彼がここに来た時の服や荷物は置いたままだったし……だから、そのあたりをぶらついて夕方には戻ってくるんだと思ってた。でも、今朝になっても……」


 言葉を詰まらせる。

 声を上げず肩を震わせる彼女にどう言葉をかけるべきなのか、ユレイオンは言葉を探し、視線を彷徨わせた。

 その視線が壁にかけられた黒い外套で止まる。襟元に鈍く光る丸いボタンに見覚えがあった。床に置かれた鞄もあの日渡された塔の支給品だ。


「これは彼の?」

「ええ。祭の日以降は生成りの服に着替えてましたけど」

「彼はサークレットをしていましたか?」 

「いいえ、髪にはなにもつけていませんでしたわ」


 ユレイオンはうなずいた。どうやら間違ってはいなかったようだ。塔の魔術師で無冠の者は彼だけだ。


「その花の呪いと、彼が危険に陥っている、というのはどういう関係があるんですか?」


 まさか花が人を食うわけでもあるまいに、とユレイオンは思う。

 触れない花、いや、日が経つと触れなくなる花、というのはたしかに気にかかる。魔法でも幻の花を咲かせることはできるが、触ることはできない。

 ただ、各地に残る神殿には説明のつかない不思議が残っているのも事実だ。

 この祭りで配られた花がそうでないと言い切る根拠をユレイオンは持ち合わせていない。


「この界隈に伝わる話があるの。誰よりも幸せになりたかった女の話よ――」


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