8.熱 6
部屋を出たユレイオンは、階下が騒がしいのに気がついた。何かあったに違いない。
昨日の騒動の余波か、それともまた侵入者でもあったのか。
迂闊だった。
術を試すのに熱中しすぎて、今日は一度も部屋を出ていない。祭事への参加を免除されたとはいえ、曲がりなりにも塔の魔術師という立場だというのに。
あわてて階下へ降りると、ちょうど塔の長老たちに行き会った。
「何があったのですか」
「いや、大したことはない」
会釈して尋ねるが、長老たちはそれだけ応え、足を止めない。外の神殿へと向かっているのだと気がついた。
「私もお伴して構いませんでしょうか」
そう口にした瞬間、ラマカ師は足を止め、左掌を見せた。
――来るな、という意味だ。
「ただの祭事だ。我らで事足りる。それにお前には時間がない。――そうだな?」
ざくり、とその言葉が心を抉る。
「はい……」
自分でもよく分かっている。が――師の言葉として受け取るとこれほど堪えるものなのか。
左手でぎゅっと心臓のあたりを握り、頭を垂れる。
「ユレイオン。――人の顔色をうかがうな」
ラマカ師の言葉にはっと顔を上げる。鉄火のラマカ師の鋭い視線が心に刺さる。
「お前の悪い癖だ。――今日一日こもっていたお前が出てきたということは、あてがついたのであろう? ならばこんな些末事に関わっておらずにとっとと行って来い。行ってあのクソガキを引きずって帰って来い」
「ラマカ殿は口が悪い」
温厚なスーラ師が苦笑を漏らす。チッと舌を打ち、スーラ師にちらりと目を向けた後、ラマカ師は続けた。
「ユレイオン、この世には二つの事象がある。お前にしかできないことと、お前でもできることだ。――違いは分かるな。お前がやるべきことはどちらだ」
それだけ言うと、ラマカ師は足音も荒く立ち去った。
「やれやれ、相変わらずぶっきらぼうですのう」
「らしいというかなんというか。――ユレイオン、もうすぐ日が暮れる。気をつけての」
他の二人もそれぞれに言うと、神殿の方へと向かっていく。
ユレイオンは足元に視線を落とし、ぐいっと口元を手の甲で拭う。その口角がじわりと上に向く。
――いつもそうだ。昨日にしても今日にしても、長老たちの思いが憎いほど心に響く。
今回の祭りに参加することが決まった時、上位の魔術師たちからは嫉妬と侮蔑の言葉を投げられた。
出世を望み、塔から出た後の世俗の地位を望む者たちにとって、自分たちを追い越して重要な祭に抜擢された自分が面白く無い存在であったろうことは容易に想像がつく。
彼らが左手の紋章を見れば、空見たことかと喜んで快哉することだろう。
――だが。
それがどうしたというのだ。
信頼されている。
それだけで十分だ。
「――クソガキを連れ戻しに行くか」
踵を返したユレイオンの顔からは、ここ数日の苦悩など綺麗さっぱり消え去っていた。




