8.熱 3
昏倒したシャイレンドルを見下ろして、老人は深くため息をついた。
彼の体を診た医師は原因不明といい、なすすべがないと早々に引き上げた。
やはり黄金花のせいなのか、と髪に絡みつく蔓を見やると、不安は的中し、三輪目が花開いていた。
このままでは、あと二日の内に間違いなく命を落とすだろう。
「シャイレンドル……」
ときおり苦しそうに呻き声を上げ、顔を歪める様子から、どうやら眠りの中でさえ、安息の時はないようだ。
額に浮かぶ玉の汗を濡らした布で拭き取る。
時間がない。
あと二日。それまでに彼を神殿へ運ばなければ。
だが、彼は神殿から逃げている。素直に神殿に連れて行かれるとは思えない。
「大神官といえども、ここでは何も出来ぬ。何もしてやれぬのだ……」
「セイファード様」
カラが水桶を持って入ってきた。
「ああ、ありがとう」
「彼の具合はどうですか」
「まだ目を覚まさぬ。どうやら夢にうなされているようでな」
「……黄金花がこんなに成長しているのを見るのは初めてです」
「わしもだ。たいていは儀式をしそこねた翌日には花を落としに来る。いかに祭が初めてとはいえ、周りの者が何も言わぬはずがない。こんなに成長するまで放っておくこと自体がまずない」
なぜそれほどまでに、シャイレンドルは神殿を敬遠しているのだろう。
そもそも、塔の魔術師が、祭にも加わらず、黄金花に呪われるなど、あり得ようはずがない。
――塔で何かあったのだろうか。
今まで一度たりとも里帰りをしなかった彼の心情を慮る。
露店でも、彼は必要以上に己の素性を隠し、身を隠そうとしていた。それが何を意味するのか、セイファードにはおぼろげながらわかっていた。
「塔へ送ったのは間違いであったかのう……」
十年前の己の判断を疑う。
だが、当時彼に施した神殿の封印はもろく、血縁者との邂逅が引き金となって市中でその力を暴発させてしまった。
封じるだけではだめだ。力を制御できるようにならないと、彼にとってもよい結果にはならない。
彼の将来にとっては重要だと判断したからこそ、塔からの使者に彼を託したのだ。
だが、それは間違っていたのだろうか。
少なくとも、今の彼の姿はセイファードには幸せに見えなかった。
意を決して、セイファードは顔を上げた。
「カラ、一つ頼まれてくれぬか」
「はい」
セイファードは一通の封書を取り出した。一見して手の込んだ細工の紙だとわかる。
「セグナに使いを頼んでくれ。神殿までこれを運んでもらって欲しいのだ」
「弟に……」
カラの表情が心持ち苦しげになる。
それを察してセイファードはすまなそうに言った。
「今、神殿に入れるのは縁のある神官のみであろう。とりわけ門を閉ざした今では。だれでもよい、神官に渡せば事は足りる。わしはまだ神殿に入れぬ身ゆえ」
「……分かりました」
「わしからだとは言わぬようにな」
「はい」
分厚い封筒を手にしてカラが出て行くのを見送り、セイファードはため息をついた。




