表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翠の瞳 ~塔の魔術師 外伝~  作者: と〜や
神殿の秘密 ――三日目
54/99

6.神殿の秘密 2

 部屋には朝の光が満ちている。

 眩しさにアイランは目を覚ました。隣には金髪頭がまだ惰眠を貪っている。

 手を伸ばして頬を撫でる。ほっそりとした顔、それを縁取る金色の縮れ毛。ふせられたまつげは思いのほか長く、頬に影を落としている。針のある褐色の肌。

 小動物を愛おしむように髪の毛を撫でると、ほんの少しまつげが揺れた。指が黄金花に触れそうになって、アイランは手を引っ込めた。

 それはやはり間違えようもなく、そこにあった。

 この小さな花が何の呪いをもたらすというのだろう。ただの生花ならばむしりとっていただろう。だが、彼の髪に絡みつき、つるを伸ばす黄金花は触れることができないのだ。

 しげしげと眺めながら、アイランはあることに気がついた。

 黄金花が成長している。


「そんな、馬鹿な……」


 こんなことは聞いたことがない。

 確かに自分が拾い上げ、彼に渡した黄金花は葉もつるもない、茎に一輪の花がついただけの、ごくシンプルな花だったはずだ。

 だが、今の黄金花は、つるを伸ばし、小さいながらも葉をつけ、新しい蕾までついている。つるは、後ろでくくられた金髪の束に食い込むように滑り込み、しっかりととらえているようにみえる。


「こんなの、聞いたことがないわ……」


 うめき声を立てて、男は薄目を開けた。


「ああ、おはよう。アイラン、どないした?」

「おはよう、シャル。……いい天気よ」


 とっさにアイランはそう答え、男の唇をついばんだ。目を丸くしたままのシャルはふっと力を抜く。


「で?」

「え?」

「こんなの聞いたことないって言うたやろ? 何がや」


 起き上がってきたシャルの目は笑っていない。


「……ごまかせないわね」


 ふ、と笑い、アイランも起き上がった。棚からくすんだ金属の手鏡を取り、布で擦ってシャルに渡す。


「……黄金花が成長してるのよ」


 光の当たる窓際まで行って、シャルは自分の首の後を写すように鏡を向ける。確かに花にはつるが巻いて、蕾が見える。


「へぇ……これが呪いっちゅーやつか?」

「そうかもしれないわね。体の調子がわるいとか、気分が悪いとか、夢見が悪いとかはない?」

「んー、ないと思うで。別に」

「そう? ……少しでも変なところがあったら、すぐ神殿に行きましょ」

「あー、それな」


 言いかけて、シャルは口を閉ざした。


「……ま、しばらく放っとくわ」


 シャルは鏡を渡すと着替えに手を伸ばした。


「出かけるの? 食事、準備させるわよ?」

「ちょいと野暮用や。夕方には帰る」


 アイランの唇をついばんで、シャルは薄く微笑んだ。


「そないな顔は似合わんで……あんたのせいやない」


 眉根を寄せたアイランを抱き寄せ、ゆっくりと口づける。


「誰かのせいやとしたら、わいのせいや。わいの罪の……っ」


 そこまで言って、シャルは不意に言葉を切った。


「シャル?」


 金髪の男は頭を抱え、痛みに耐えるかのように目を閉じていた。噛み締めた歯の間から、うめき声が漏れる。


「どうしたの? シャル」


 力が抜けて倒れかける少年の体を支えると、ゆっくりベッドに横たえた。


「シャル? ……シャル? 頭痛いの?」


 呻く少年の髪をなで、わななく肩をさする。それ以外、なにができよう。

 どれ位経ったのか、痛みが去ったのか、シャルの口から長く吐息が漏れた。


「シャル……大丈夫?」

「だ……じょ……ぶ」


 それだけの言葉を絞り出し、肩で息をつくとシャルはようやく上体を起こした。


「……何やったん? 今の。やっぱりどこか調子悪い?」

「いや……そんなことあれへん」


 だが、そう応える彼の視線はまだ虚ろだ。


「変や……わい、何か忘れとる……」

「え?」


 シャルは眉間にシワを寄せ、目を閉じる。


「ついさっきまで知っとったはずやのに……思い出そうと思うても思い出せへん。誰や、今の顔」

「顔?」


 こくりとうなずく。


「今の今まで覚えとったのに。……アイラン、今日は祭の何日目やった?」

「今日は三日目よ。大丈夫?」


 ついさっきまで元気だったのに、今の彼はまるで病人のように真っ青な顔色だ。


「わからへん。……でも、変なんや。女が消えて……何や急に足元が崩れていくような気がして……目の前に見えん壁でもあるみたいや。アイラン……わい、ここにおるよな?」


 先ほどまでの自信たっぷりな態度から、急に心細げな少年のようにしおらしくなった男に、アイランは戸惑いながらもその不安を払拭できるのならばと、シャルの伸ばした手をつかみ、抱きしめた。


「うちが抱いてるの、わかる? あんたはたったいまここにいる。あんたが何もかも忘れても、あたしはあんたを抱きしめるわ」


 少年の顔を自分の胸に埋め、やさしく頭を抱く。涙が頬を伝う。


 ――あたし、なんで泣いてるんだろう。


 少年に同情しているのだろうか。分からない。でもそれは自然にこみ上げてくる。

 顔を上げれば、シャルも声なく涙を流していた。

 しばらく互いに透明な涙を流した後、アイランは微笑んだ。


「素直なシャルも好きよ。……可愛い」


 するとシャルは少し拗ねたように唇を尖らせ、アイランの胸で顔を隠した。


「……わい、こんなに泣き虫やあれへん」


 くすくす笑いながらアイランは彼の髪の毛を手で梳かした。


「ええのよ。あたしが知ってるシャルは泣き虫で、でも自信家で、かわいらしくて、大人でも子供でもあって。……きっとあんたは本当の自分をさらけ出せないまま、ここまで来たのね。言ったでしょ? ここは夢の館。日常をすっかり忘れて、心の鎧も全部外して、素のままのあんたになってくつろいでくれたらそれが一番嬉しい」


 シャルはまっすぐアイランを見ていた。それから、彼女の髪の毛を一房拾い上げ、唇を寄せた。


「シャル?」

「……好きや。アイラン。あんたはわいの女神や」

「あたしは誰にでも身を任せる商売女よ。そんなもんじゃないわ」

「ええんや、わいにとっては……なにより大事や」


 つい、と唇を寄せる。アイランはシャルの重みを受け入れて目を閉じ、体を横たえた。シャルの頭を掻き抱く。


「出かけるって……」

「ええんや……アイランと一緒にいたい」


 互いの体温を感じながら、二人の世界に没入していくその背後で、二輪目の黄金花が花開いたことを、二人は知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ