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翠の瞳 ~塔の魔術師 外伝~  作者: と〜や
二人の少女 ――二日目
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5.二人の少女 11

 どれぐらい歩いただろう。

 胸につかえていたものを吐き出してスッキリしたオスレイルはそれから泣き言を言うこともなく、前を行くアマドに遅れを取らないよう一生懸命歩いている。

 小さな光を頼りに歩いてきたアマドは、ふと前方から近づく足音に気づいてオスレイルに手で合図する。


「何」

「シッ」


 ろうそくを吹き消し、岩陰の暗がりに相棒を押しこんで、自分も身を隠す。

 どうやら幻聴ではなかったようで、足音が近づいてくる。

 光があたりを照らした。自分たちが使っていたろうそくとは比べ物にならないほど明るい。これほど明るければ、見つかった時にごまかしようがない。

 神官服の男が明かりを掲げて静かに通り過ぎる。オスレイルもアマドも息を止めて彼らが通りすぎるのを待っていた。

 が、続いて通り過ぎた黄金の縮れ毛に、思わずオスレイルは名を呼んでいた。


「シャイレンドル!」

「バカっ」


 慌てて口を押さえたが、すでに手遅れだった。


「誰だ!」


 名を呼ばれた側もかなり驚いたようで、反射的に身構えている。


「覚えてないか? 俺だよ、ヴィー。オスレイルだよ」

「おい、オスレイル!」


 引き戻そうとするアマドの腕を振り払って、オスレイルは暗がりから姿を表した。


「オス……レイル?」

「覚えてないか? ほら、神殿にいた時によく一緒に遊んだ」

「神殿に? 俺が?」

「俺と、アマドと。アマドもいるぜ」


 呼ばれて渋々アマドも姿を見せた。が、表情は苦り切っている。

 金髪の縮れ毛は二人の顔を交互に見つめていた。その様子を見てオスレイルは落胆を隠しきれなかった。


「覚えてないか……そうだよな、十年も会ってないんだから。でも、俺は一日たりとも忘れたことはなかったよ、おまえのこと」

「十年……」


 シャイレンドルの眉間にしわが寄る。


「俺が目覚めた時にはもう、おまえは塔に行ったと聞かされて……ちゃんと謝れなくて……」

「オスレイル、もういいだろ。行こう」


 久しぶりにあったというのにまるで表情を変えない旧友に見切りをつけて、アマドは渋る友を促した。

 だが、オスレイルは動こうとしない。かつての友が自分の顔を凝視しているのだ。


「十年前の、神殿?」


 金色の目が細められた。


「本当に覚えてないのか?」

「もう放っておけよ、オスレイル。それよりも今はオヤジさんのことが優先だろ? ここまで何のために来たのか、思いだせよ。それに、ヴィー。おまえも思ったより薄情なやつだな。俺は知ってる。十年前、おまえが魔術師の塔に行った後、オスレイルは病み上がりの体で後を追いかけようとしたんだぜ」


 だが、シャイレンドルの表情は硬いまま、視線は押すレイルに釘付けだ。


「塔に入る前?」

「本当に忘れてるならいいよ、もう」

「神殿の……神官の息子の……オーシ、オスレイルか!」


 ようやくシャイレンドルは合点がいったようで、警戒を解いて破顔した。ホッとため息をつくとオスレイルもこわばったままだった表情を和らげた。


「思い出してくれたのか?」

「ああ、思い出した。一瞬神殿の追っ手かと思うた。驚かせんなよ、おまえ。かわったなあ、わからへんかったわ」

「おまえは相変わらずだよ、シャル」


 自然にこみ上げてきた涙を拭いながら、オスレイルは笑った。


「まったく、ひやひやさせてくれるぜ」


 アマドも表情を崩して声をかける。


「ああ、せや、なんで今まで忘れとったんやろ」

「お前のこと、道で見かけて……声かけたのに逃げただろ」

「そんなこと……あー、あれもお前らやったんか。なんや、ビビって損したわ」


 シャルは苦笑を浮かべている。


「それにしてもまあ、オスレイル、変わらんなあ。だんだんオヤジさんに似てきたんとちゃうか?」


 そこまで言った途端、シャイレンドルは顔を歪めた。大神官の部屋で襲われたのと同じ、頭が割れるような頭痛と目の前に広がる朱の色。


「どうした、シャル」


 体を前かがみにして頭を抱えるシャイレンドルに、二人は慌てた。荒い息を肩でしながら、金髪の友は顔を歪めて歯を食いしばっている。


「い……やだっ!」


 そのまま立っていられなくなったようで、シャイレンドルは倒れ伏した。


「おい、大丈夫か」

「だい……じょーぶ」


 シャイレンドルは力を込めて立ち上がろうとした。が、差し出された手を握っても腕に力が入らず、立ち上がろうと踏ん張った足はまるで骨がないかのようにぐにゃぐにゃだ。


「どっか悪いのか?」

「わからへん……」


 ぜいぜいと息を切らしながら、ようやく立ち上がる。顔色はさっきまでと打って変わって真っ青だ。


「生まれてこのかた……病気なんぞしたことあれへんのに」

「もう少し休んでいけよ。それにしてもその言葉、どこで覚えたんだ? この辺りじゃ効かない訛りだ」

「ああ、わいの教育係が東の国の人間やったんや。おかげでこの通りや。おかしいか?」

「いや、意味はわかるけど、妙な感じだな」


 体を休めながらひとしきり笑うと、ふと思い出した様にオスレイルが口を開いた。


「そういえばおまえ、神殿の方から来たんだよな」


 側でじっとランプを持ったまま立っている神官をみやる。神官はまるでものか何かのようにこちらに興味を示すこともなく、立っている。


「ああ、そうやった。わいは神殿から逃げ出して忌憚や。ほな、わい行くわ」

「あ、ちょっと待て。おまえどこに止まってるんだよ、後で行くから教えろよ」


 立ち去りかけたシャイレンドルは足を止め、気まずそうに口を開いた。


「わいのとこはまずいんや。お前らのところを教えてくれへんか。こっちから行くわ」

「そうか、じゃあ、大通り沿いの『賢狼亭』に俺らふたりとも泊まってる」

「俺の母親がやってる宿なんだ。おまえもこっちに来るか?」

「いや、ちょっと見つかるとまずい奴らがおんねん。表からは行けへんさかい、窓になんか目印をつけといてくれへんか」

「俺たちの部屋は二階だぜ」

「かまへんかまへん、わいが逃げ出してきたところは三階の窓やったから」


 じゃあな、と片手を上げて慌ただしく去っていく。その背中を見送っていたオスレイルは振り返った。晴々しい顔だ。


「行こうぜ、アマド」

「そうだな」


 相槌を打ちながら、アマドもほっとため息をついた。


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