5.二人の少女 10
暗い水路をランプを頼りに、時折水の跳ねる音にびくつきながら奥へ奥へと進んでいく影があった。
揺らめく光りに照らされて水面に影が二つ落ちる。
足音がしないよう、濡れた石に足を滑らせないよう、素足に粗布を巻きつけただけの足がひたひたと音をたてる。迂闊にも先ほど足を滑らせて水路に突っ込んだせいだ。
外はまだ寝苦しいほどの熱帯夜だというのに、彼らのいるところは冷たい空気が淀んでいる。
「案外寒いな」
「そりゃおまえが水路に突っ込んだせいだろ」
冷たい友の言葉にむっとして、オスレイルは唇を尖らせた。
「慣れないところを歩かせるからだよ。おまえは慣れてるかもしれないけど」
「しょうがないだろ? これ以上に神殿に潜り込める道はないんだから」
丈夫な縄を背負ったアマドは足を止め、後ろの友をたしなめた。アマドの正論に黙りこむ。
ため息をついてアマドは荷をおろした。
「ちょっとだけ休憩していこう」
「ごめん」
腰を下ろすと体のあちこちがきしむのを感じる。
「謝んなよ。それより足の布、絞っとけよ。歩きにくくなるぞ」
かなり長い距離を歩いてきたような気がする。来た道を振り返っても灯りが届かない先は闇に塗りつぶされてまるで見えない。
「結構来たな」
「まあな。何しろ万が一のための脱出経路だったらしいから、街のあちこちに抜けられるようになってるらしい。さすがに全部は行ったことないんだけどさ」
「いくつかは行って確かめたのか?」
「確かめるために行ったんじゃなくて、迷い込んだ結果だけどな。おかげでオヤジさんに大目玉食らってよく説教されたよ。オヤジさんから聞いたことないか?」
「聞いたこともないよ」
初耳だった。一番よく知っていると思っていた友人がそういうことをしていたことも、父親に説教されていたという話も。
「よく抜けだして街に遊びに行ってたからなあ」
「そうなのか?」
「ああ、神官補になって、神殿の宿舎に入ってからはこの道をよく使ったよ。一度お袋に見つかったことがあって、すっごく怒られたけど、笑ってた。今考えりゃ、きっとお袋もこの道を使ってたんだろうな」
昔を語る友の顔はいい顔をしていた。
「いいな」
思わず本音をつぶやいた。
「何が?」
「うらやましいよ、おまえが」
「そうかぁ? どこにでもある普通の家だぜ? お袋は口うるさいけどさ」
「俺には母親の記憶がない」
「そういや、聞いた覚えがないな」
「昼間も言ったけど、覚えてるのは親父のことばかりだ。親父に聞いたこともあったが、母親については決して教えてくれなかった。俺が覚えてるのは親父の背中だけだ」
「知らなかったぜ……今の今まで。おまえが休みに宿下がりをしないのは、オヤジさんと仲が悪いせいだとばっかり思ってた」
アマドはばつの悪そうな顔をして目をそらした。
「ミリアさんは知ってるがな。俺の家はあの神殿なんだよ。親父もいるし、俺もあそこで育った。俺が戻る場所はあそこしかない」
「じゃあ、おまえが恐れてるのは、あそこに戻れないこと、なんだな」
「まさか」
笑い飛ばそうとした。が、友の真っ直ぐな視線をまともに受けて、笑いが消えた。
「そうだよ……お笑いさ。二回も神官補の試練を受けて、一回目の悟りを失敗して、それでも俺はここに戻りたいと思っている。悟りで『太陽』以外の結果が出ることを何よりも恐れてる。お笑いだよな」
口元は笑っているのに熱いものがこみ上げてきて、オスレイルはなすすべもなく涙を流した。
「我慢するなよ」
その言葉に顔を上げると、アマドは気を使ってか背を向けていた。
「おまえ、何でもかんでも腹に貯めこむタイプだろ。たまに発散させないと、セグニールみたいになっちまうぜ」
「セグニール?」
不意に水の神官の名前が出てきて首を傾げる。
「物の例えだよ。でも、おまえとセグナ、よく似てたと思うぜ。あいつも友が一人いればあんなにすさむことはなかっただろう。だから、おまえも一人で貯めこむなよ。俺でよければ付き合ってやるぜ。といっても愚痴を聞いて酒を飲むぐらいしか役に立てないと思うけどな」
「ありがとう。ごめん……止まらなくなっちまった」
「いいよ。気が済んだら出発しようぜ」
友の背中を見ながら、オスレイルはこいつと友達で本当に良かった、としみじみ幸せをかみしめていた。




