表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翠の瞳 ~塔の魔術師 外伝~  作者: と〜や
二人の少女 ――二日目
48/99

5.二人の少女 9

 宵闇が街と神殿を包み込んで眠りへと誘う頃。

 その誘いを蹴って樹上に身を潜める男があった。

 自分を待つ女はすでに夢の中。自分が隣にいないことを気づくこともないだろう。

 男は神殿を遠くから見下ろしていた。

 篝火に浮かび上がる神殿の白壁は遠くからでもよく見えた。

 街全体を結界で覆ってあるせいか、神殿自体には結界が張られていない。

 魔術師たちのトラップを警戒していた男は、拍子抜けした面持ちだ。


「何や、あほらし。あの爺ぃ達のことやから何かしかけとるやろと思うとったけど、楽勝やな」


 シャイレンドルは気の上から飛び降りると、慎重に神殿の外壁に近寄った。

 神殿自体は祭りの間、門扉を閉じることはない。が、夜間でも神託を受けようとする者が後を絶たないうえ、翌日の順番待ちで座り込むものも出てきたため、門番を兼ねた警備兵が立っている。

 もしかしたら顔を覚えている者もいるかもしれないと考えると、正面からは入れない。

 外壁にそっと触れる。斥力は働かない。ということは壁自体にも何の仕掛けもないということだ。


「とっとと片つけるか」


 見かけほど低くない石造りの壁をよじ登り始める。この時ばかりは身軽な自分の体に感謝した。ここを抜けだした時も、思っていたよりずっと楽だった。

 壁のてっぺんに手が届いたところでいったん登るのをやめ、そっと中の様子をうかがう。篝火があちこちに焚かれ、警備兵らしい姿の者が二、三人、門の方を向いて立っていた。シャイレンドルの位置からは彼らの背中しか見えない。いいポジションだ。

 そのまま壁に上り、身を低くして神殿の裏手へ移動する。

 黒ずくめできたのは正解だった。さいわい月もまだ昇らない。シャイレンドルの姿は、明るい神殿の内側からは見ることもできないだろう。

 ここに来た初日に案内された神殿の内部を思い出す。右手側に特別殿、正面の大きい建物が本殿、自分たちのいたのは左手の宿舎棟の離れの部分だ。そこだけは絶対に近寄ってはならない。用があるのは大神官の部屋だけだ。

 夢の館で一人寝をしているアイランの言葉をシャイレンドルは反芻していた。


『太陽神殿の大神官なら花の呪いが解けるという』


 これほどの皮肉があるだろうか。等の魔術師から逃れるために神殿を出て、身を隠した先で彼女がくれた十年祭の縁起物が災いをなし、それを解くために神殿に戻らなければならない。

 花の呪いが何なのか、分からない。特に身の回りで変わったことも起きていないし、アイランにきいても特に変なところは、花が触れない以外はないと言う。

 だが、自分の髪に絡む花を見るたびに見せる彼女の表情は、なんでもないという言葉では片付けきれない。そんな顔、させたくないし、見たくない。

 だからここにやってきた。

 ちょっと早計だったかと思いはしたが、あれこれ考えるのは性に合わない。

 やりたいことをやればいい。その結果がどうなっても、それは自分の責任だ。先のことを悩んでみても、どうにもならないことだってある。そんなことに時間を費やすぐらいなら、やってみたほうがずっといい。

 なるべく音をさせないように静かにあ降りる。靴が砂を噛む音が響いて、一瞬身をすくめた。が、それを聞きつけて誰かがやってくる気配はない。近くで篝火が爆ぜる音がする。どうやらそれに助けられたようだ。

 宿舎の母屋にそっと近づく。

 神官たちはすでに夢の中らしく、ほとんどの窓の灯は消えていた。灯りの付いている部屋を避けて窓口の扉に回りこむ。

 神殿と特別殿の方には貴重品類がるため、鍵がかけられているが、宿舎の方は取り立てて取られるものもないため、大抵の場合鍵はしていないらしい。自分たちが止まっていた離れもそうだったことを思い出し、この扉もそうであることを期待して扉に手をかける。取っ手はほんの少しの金属音を立てて何の抵抗もなく回った。

 音がした時は心臓が飛び出るかと思うほど緊張したが、扉は押せば音もなく開いた。

 すばやく館に滑り込み、後ろ手に閉めると、押し殺していた息を吐き出した。

 廊下は灯りが落とされ、外から入ってくる篝火の明かりだけが頼りだ。

 靴を脱いで懐に押し込むと、忍び足で歩き出す。

 神官たちの宿舎は石造りの三階建てで、離れとは繋がっていない。大陸に一つしかない「太陽の大神殿」の建物は、飾りなどはないものの作りはしっかりしている。階段が全て石造りな点もうなずける。

 窓の外から自分の姿が見えないように中腰になりながら、一階を一通り見て歩く。奥の一部屋だけ扉から明かりが漏れていた。人の声はせず、足音も聞こえない。灯りの消し忘れかどうかは判別がつかない。

 ここが大神官の部屋かと疑ったが、それらしいプレートは出ていない。他の部屋も、何の表示もされていなかった。

 万が一人がいたり、ましてや魔術師がいたりしたら、最悪の結果を招きかねない。扉に注意を払いつつ、元きた道を戻り始める。

 階段を上がる。二階に上がって右に曲がった途端、直ぐ目の前の蝋燭の光が目に入った。


「誰」


 誰何の声に失敗を悟る。もう少し警戒しておくべきだった。ろうそくを持った神官は、侵入者に目を丸くしている。シャイレンドルはすばやく神官の口を抑えると、己の瞳をきらめかせた。


「大神官の部屋へ案内せえ」


 神官の顔から驚きの表情が消え、拘束した体の抵抗がなくなる。

 拘束を解くと、何事もなかったかのように神官は階段を上がり始めた。シャイレンドルは周りに気を配りながら、同じように上がった。

 三階の一番右手奥、突き当りに見える扉の前で神官は立ち止まった。ノックをしようとする神官の手を押しとどめ、取っ手に手をかける。

 扉の隙間から灯りが漏れていないことは確認済みだ。ということはこの部屋の主はすでに眠っているか、部屋にいないかのどちらかだ。

 庵に反して扉には鍵がかけられていた。再び瞳をきらめかせると、神官は扉の隠しから鍵を取り出した。

 鍵穴に射し込んで右に回す。かちりという手応えがあって、扉は難なく開いた。

 神官の持っていた灯りを手近な燭台に移すと、神官にそこにいるように命じる。

 窓から明かりがもれないよう、ろうそくに覆いをして床に置く

 大神官の執務室のようだった。こじんまりした部屋の中央に、執務用の机が一つあるきりだ。だが、その上に積もったホコリは、相応の時間、この部屋が使われていないことを指している。

 インク壺の側に置かれたペンを取り上げるが、ペン先は完全に乾いていた。

 部屋の奥にもう一つ扉があることに気づいて、ろうそくを手に慎重に歩み寄った。

 耳をそばだてるが物音は聞こえない。静かに扉をあけるが、部屋はやはり暗かった。人がいる気配もなく、空気自体が淀んでいる。

 足を踏み入れるとかすかにほこりの臭がした。執務室の方はそれほどでもなかったが、この部屋の足の長いじゅうたんにはほこりが積もっており、シャイレンドルが立ち入ったことで舞い上がっているのだ。

 簡素なベッドには誰もいなかった。毛布の上に広げられた部屋着も、その脇に揃えられた室内履きも、主の不在を物語っている。


「おい、ほんまにこの部屋、大神官の部屋か?」


 隣の部屋に立ち尽くす神官に尋ねると、神官は操られた表情のまま緩慢にうなずいた。


「はい、そちらは大神官様の私室でございます。こちらは執務室でございます」

「で、大神官はどこにおるんや」

「おられません」


 思わぬ神官の答えに、シャイレンドルは拍子抜けした。


「おられませんて……ここにおらんのはわかっとる。今どこにおるんや。わいは大神官に用があんねん」

「存じ上げません」

「この神殿におらんっちゅーことか?」


 不吉な予感さえ抱きながら口にすると、神官はこともなげに「そうです」と答える。


「おらんて……いつからや」

「十年祭の始まる十日前から」

「どこへ行ったんや。いつ戻ってくるんや」

「存じ上げません」

「知らんはず、ないやろ? 祭りの最中やっちゅーのに」

「存じ上げません。十年祭は代理にて執り行っております」


 シャイレンドルはベッドに座り込んだ。ホコリが舞い上がる。


 ――やばいことになった。これは予想外や。


 己の邪眼の威力はよく知っている。神官の言葉に嘘がないとしたら、大神官はこの十年祭に不在だということになる。しかもその所在を神殿がつかんでいない。事実上の行方不明。


「なんてこった……」


 床に視線を落とし、唇を噛む。神殿に戻ることなく、塔の魔術師に見つかることなく、この花をどうにかするのは難しい。他の策を探すしかない。

 ため息を付き、シャイレンドルは立ち上がった。

 目的の大神官が不在なら、ここに長居は無用だ。大神官の私室を出る。

 もう一度振り返った時、窓際に並べてある肖像画に目が止まった。かなり古そうな絵から、最近のものまで順にかけてある。

 気のない様子で目を走らせていたが、一番新しそうな肖像画が目に入った途端、割れるような頭痛に襲われた。

 その肖像画は他のものに比べて若い人物のようで、まだひげもなく白髪でもない。ごく普通の男性の絵だった。

 頭の中をグチャグチャにかき回されるような頭痛とともに何かが見えた気がした。生々しい赤い色。目を閉じているのに脳裏に広がる朱の色。

 額に脂汗がにじむ。両手で頭を抱え込んで、シャイレンドルは膝を折った。心臓の鼓動に同調するような脈動する痛み。

 断続的に浮かんでは消えていく映像が何なのか、分からない。ただただ赤く、染められてく。


「やめろぉっ!」


 何に叫んだのかも分からない。カラカラに乾いていた喉からそれは言葉としては発せられなかった。赤が黒くかわり、糸が切れたように視界がブラックアウトする。

 倒れこんで目を開けると、頭痛は去っていた。呼吸も脈拍も普通に戻っていく。


「何やったんや……今の」


 立ち上がろうにも酸欠のせいで両手足に力が入らない。まだ立ち尽くしていた神官に手伝わせると、執務室の椅子に力なく座り込んだ。

 急いで立ち去らなければ。でも、さっきの発作のような頭痛で無駄に体力を消耗している。この体では塀を乗り越えられそうにないし、回復には時間がかかる。


「おい、これだけの神殿や、誰にも知られずに神殿を抜け出せる通路ぐらいあるやろ?」

「はい」

「ここから遠いか?」

「一階の厨房の地下にある倉庫から行けます」

「せやったら案内せぇ」


 シャイレンドルは立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ