5.二人の少女 7
「待てっ!」
小柄な体に似合わず路地を思わぬスピードで走り抜けていく。ユレイオンもつられて走りだした。
路地には祭りを楽しむ大人たちがあふれている。その仲を、ほんの小さな隙間を抜けていく少女を、ユレイオンはともすれば見失いそうになった。大柄なユレイオンが後をついていこうとすれば、必ず誰かとぶつかってしまう。あまりの人の多さに舌打ちしながらも、見失う訳にはいかない、と必死で目を凝らす。
が、見失ったと思うたびに、あの少女は必ずしばらく離れたところにじっと立っていた。まるで、自分を見つけるのを待っているかのように。
普段塔の中で一日を過ごすことの多いユレイオンにとって、この追いかけっこはかなり肉体的にハードだった。少女の足取りは一向に衰えないのに、追いかける自分の足や腰が悲鳴を上げ始めた。
陽も高くなり、気温がどんどん上がって、照りつけられた地面が足元から熱風を返してくる。汗が背中を伝うのが分かる。
トレードマークのような黒い長髪は汗にまみれて首や頬に乱れてまとわりついた。
どこをどう走ったのか、初めての街でまるで地理に疎いユレイオンは、ようやく立ち止まった少女に歩をゆるめた。
どうやら広場のようだった。中央に小さいながらも噴水が水を吹き上げている。噴水の縁にようやくたどり着くと、少女はくるりと振り向いた。
「お疲れさま。どうだった?」
「どう……だったって……何がだ」
精一杯虚勢を張るが、まだ息が整わない。言葉が途切れる。少女の方はといえば、あれだけ走ったのに汗一つかくことなく、呼吸一つ乱れてもいない。
「あら、案内よ。街の中を一通り歩いたでしょ? どうだった? 結構広い街でしょ?」
あれで案内なんて言えるものか、とむっとしてユレイオンは口を閉ざした。人の荷物でさんざん引っ張り回したくせに。
すると少女は眉を八の字に寄せた。
「だってお兄さん、案内するって言ってるのに無視するから、あんな強引な方法を取らざるを得なかったんじゃない。素直に案内してくれって言ってくれれば、もっとゆっくり楽しく案内してあげたわよ。あたしとしてはそっちのほうが良かったのに」
そっちの都合なぞ知るか、と少女をにらみつけ、ユレイオンはずいと手を伸ばした。
「今は他人に引っ張りまわされてるほど暇はないんだ。荷物を返せ」
「ねえ、お腹すかない? そういえばお兄さん、朝ご飯食べてこなかったんだったっけ。おいしいところ知ってるけど」
「そんなことは関係ない。それを返せ」
「関係はあると思うけどな。だって、お兄さんの金袋はあたしが持ってるんだもの。別にお兄さんが食べたくないんならいいわよ。……あたしはいいのよ。こんな本、売り払ったって。闇の小路あたりに行けば、こんな本でも高く買い取ってくれるところはあるし」
目の前にちらつかされて、言葉に詰まる。
自分自身の所有物ならそれでも別段構わないだろう。……いや、構うものもあるが、それ以外はまた買い直せば事足りる。少なくとも、この少女に手玉に取られなければならないほど逼迫した状況ではない。
が、こと塔の物で、しかもかなり強引に借りだしてきた本となると話は別だ。
その本が自分の手によって塔の外へ持ちだされ、しかも第三者へ渡ったとなれば、責任は逃れられない。何が何でも取り戻さなければならない。
ユレイオンはさしのべていた手を拳に握り、引き戻した。それを交渉成立と見たのか、少女は満面の笑みを浮かべて噴水の縁から飛び降りた。
「OK。じゃあ何が食べたい?」
「おまえの好きにすればいい」
「イグレーンって呼んでよ」
その名前に聞き覚えがあった。幼いころに東国へ嫁いでいった、現在生死も不明の叔母の名前だ。
眉をひそめ、ユレイオンは少女をすがめ見た。
「なぁに?」
「いや、なんでもない」
そんなはずはない。
自分の覚えている叔母の面影を少女に重ねてみるが、記憶のほうが曖昧すぎて、少女のそれに置き換わってしまう。
あきらめて首を振った。気のせいだ。
そうに違いない。
広場を横切り始めた少女の背中を見つめて、ユレイオンは厄介なことになった、と一つため息をついた。




