5.二人の少女 3
街から神殿に続く道は、すでに長い人の列ができていた。
砂漠の方から熱風が吹き付けてきて、オスレイルは顔を背けた。頭上にはすっかり高いところまで登った太陽が、今日も機嫌良さそうに輝いている。
「あちぃ」
脱いだ上着を帽子代わりに頭にかけて、アマドがうめく。オスレイルもうなずいた。
「こんなことなら帽子を持ってくるんだった」
「こんなに待たされるとは思っても見なかったもんな」
日の出る前からこの列に並んでいた二人は、さすがに疲れ始めていた。
神子の神託が始まる今日はおそらく大勢の人が詰めかけるに違いない。そう踏んだ二人は日の出前に起きだし、神殿へと向かった。
ところが、読みは甘かった。彼らが列に並んだ時にはすでに、神殿と街を結ぶ一本道の半ば辺りまで列は連なっていたのだ。
陽が出てそろそろ中日になろうという時刻なのに、まだ彼らは神殿の門をくぐれずにいた。慣れた人は日よけや椅子、果ては簡単な昼食まで用意してきている。また、それを見越して道沿いには弁当や飲み物、帽子を売る露店が点在していた。
すぐ近くの老婆の、パンを頬張るいい匂いがしてきて、アマドの腹の虫が鳴き出した。
「腹減ったなあ」
「朝食食べてくればよかったな」
「そんな暇なんかなかったろ? あー、おふくろに弁当でも作っておいてもらえばよかった」
「あんな早い時間じゃ起こすのも気の毒だよ。まあ、こんなに人が詰めかけるとは計算外だったけど」
「まあ、無理はないか」
アマドは言葉を切った。十年に一度の祭りで、しかも前の祭りは神託が不調に終わったとなれば、この状況は仕方がない。
「この状態じゃ、いつオヤジさんに会えるかわからないぞ、オスレイル」
しかしオスレイルは首を振った。
「大祭の最中だ、そう簡単に会えると思ってないよ。それに会えたとしても祭事の最中だろうから、話なんかできないよ、きっと」
「おまえなあ……何のためにおれらがこの列に並んでるのか、忘れたのか?」
アマドは目の端を釣り上げた。
「何が何でもオヤジさんに会うためだろーがっ。今から弱気でどうするんだよっ」
「でも、忙しくしてる神官たちに無理は言えないだろ? オヤジも忙しいんだろうし」
「そうかもしれないけど、おかしいだろ? おまえが帰ってきたっていうのにナシのつぶてだし。神官に伝言は頼んだんだろう?」
「ああ。でも神官の反応も変だったし、あんまり期待してないよ」
それ以上は口を開かなかった。暑さと気だるさの中、じりじりと列が進み、ようやく二人は門をくぐった。
門をくぐるとそれまでの人のざわめきも消え、静かな雰囲気がその場を支配していた。オスレイルは自然、口を閉じた。先ほどまでくっちゃべっていた夫婦連れも声を潜めている。
まず本殿に足を向ける。普通の参拝者はここで参拝をし、祈りを捧げる。カリスの町の住人は、毎年の祭りはもちろんのこと、十年祭には必ず一度訪れる。一年、あるいは十年分のお礼を言いに。
本殿では正神官二人が参拝者の対応をしていた。
作法に則り、二人は礼拝を行う。長い祈りのあと、後ろから来た新たな参拝者に押されるようにして、本殿をあとにした。
「オヤジさんはいなかったな」
「ああ」
やはり特別殿の神子についているのだろう。塔から来たという魔術師らしきものの姿も見えない。
「いっそのこと顔見知りの神官捕まえて尋ねたほうがいいんじゃないか?」
「祭りで忙しいのに、私事で手を煩わせるのは悪いよ」
「そんな悠長なこと言ってられないだろ! 母さんに聞いた話だけど、特別殿の神子に直接神託を伺おうと思ったら、それ相応の献上品か布施がいるんだぞ。それ以外は特別殿に近寄らせてももらえないんだ。今の俺達じゃ、特別殿にオヤジさんがいるかどうかも調べられやしない。見知った奴捕まえるほうが早いって」
アマドの正論に、出かかった言葉を飲み込みオスレイルは目をそらした。
「……おまえ、オヤジさんに会うのが怖いのか?」
アマドの言葉にオスレイルは答えない。
「じゃあ、怖いのは『悟り』のほうか」
それにも応えない。だが、握りこんだ両の拳が答えになっている。
「しょうがねえなあ……ここにいろよ。動くなよ?」
アマドはそう言い残すと人混みの中に紛れていった。
友が見えなくなると、オスレイルはため息をついた。拳を開くと爪の跡がくっきり手のひらに残っている。
「だめだなあ……」
両手で顔を覆って、深くため息をつく。もっと普通になんでもないって顔をしているつもりだったのに。
「こんなだからいつまでたっても子供だって言われるんだよなあ……」
どっぷりと自己嫌悪に陥る。
分かっている。自分がこだわっているのはほんの小さなことだということも。おそらくアマドにとっては何の意味も持たないことだろう自分の悩みに、いつまでたっても囚われている自分こそが自己嫌悪の元だということも。それを知られぬよう隠そうとしている今の自分も。
この街に戻ってきてからの自分は追い詰められている。いや、自分で追い詰めているのだ。
再びため息。それから思い直して頭を振った。もうじきアマドが帰ってくる。それまでにはこんな思いを締め出しておかなければ。
ほどなくしてアマドはさらに不機嫌そうな顔で戻ってきた。
「だめだ。まるっきり。顔見知りの神官が二人いたんだけど、両方共オヤジさんの名前を出したとたんダンマリでさ、しつこく食い下がったんだけど、警備をしてた神官補に引き剥がされちまった。なあ、オスレイル。これは何かあったみたいだぜ」
「何かって」
「オヤジさんがいるかいないかぐらいは教えてくれたって構わないはずの情報だろ? それを一様に口をつぐむってことは、オヤジさんがいないのか、それとも何か事故があったのか」
「事故だって!」
その声があまりにも大きかったので、周りの視線が集中した。口をふさいで頭を寄せる。
「馬鹿、大きな声出すなよ」
「すまん。それで?」
「それ以上は調べようがなかった。オスレイル、やっぱり変だぜ。オヤジさんの身に何かあったのなら、おまえにも連絡が来るはずだろう? なのに一言も連絡がない。その上息子が訪ねてきたってのに取り次ぎもしない。いるかいないかも教えないなんて」
不安が的中したか、とオスレイルは唇を噛んだ。と同時にホッとしている自分がいることも。親父がいないなら、『悟り』もまた延期される。
「それにな」
アマドはさらに声を落として続けた。
「どうも今回の十年祭も金聖獣の降臨がないらしいんだ」
「え!」
「大声出すなって。とにかくここをいったん出よう」
アマドに引っ張られて、オスレイルは参拝帰りの客の列に混じって門を出た。
かなり町の方へ戻ってきて、ようやくアマドは足取りをゆるめた。
「なんで……こんなにあわてて出てきたんだよ」
息も切れ切れのオスレイルに、アマドは舌打ちをした。
「あんなところで迂闊なこと、喋れやしないだろ? しかしおまえ、ずいぶん体が鈍ってるみたいだな。あれくらいで息切れしてたら神殿勤めなんかできやしないぞ。今のうちに体を作っておかないと、神殿に入ったらそんな暇、ないからな」
「俺は長距離は苦手なんだよ。んで?」
「人影の少ないところで話そう。こんなところで離すのはちょっとまずい」
「じゃあ、いったん宿まで戻るか」
「そうだな。腹も減ったし」




