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翠の瞳 ~塔の魔術師 外伝~  作者: と〜や
二人の少女 ――二日目
41/99

5.二人の少女 2

 宿舎を出て本殿にさしかかると、すでにそこには大勢の人々が列をなしていた。ユレイオンはこれが聞いていた神託待ちの列だと気がついた。

 不必要なまでに広いと感じていた表門からの参道が狭く見える。神殿にとっては毎回のことらしく、参拝や神託を済ませて帰る人のための道幅がちゃんと確保されている。この祭りが以下に大規模なものか推測できるというものだ。

 町の方へと道をたどりながら、順番を待つ人の列にちらちらと目をやる。列には明らかに魔術師とわかる服装のものも混じっていた。

 最初のうちはシャイレンドルが紛れ込んでいないものかと目を光らせていたが、待ちまで行列が続いているのに気づいた時点であきらめた。

 あれほど魔術師や塔を毛嫌いして逃げたあの男が、わざわざ見つかる危険を犯してまで神殿に詣でるほど信心深いとも思えない。

 時間の無駄、と割りきって今度は道端に並ぶ露店に目をやる。

 時間が早いせいか、どの露店もまだ場所取りをしているだけのようでまだ店を開いていない。神託を受けて帰る人の波にあわせて店を開けるつもりなのだろう。神殿の神託受付すらも始まってない時間に客などくるはずがない、と踏んでいるのか、神殿の方角から歩いてきたユレイオンに怪訝な目を向けるばかりだ。

 敷物を敷いたのみで店を開く準備もしていない彼らに鼻白んで、ユレイオンは足を早めた。その彼に声をかけるものがあった。


「見ていかないかい? 塔の魔術師殿」


 明らかにその声にはやゆが含まれていたのだが、ユレイオンは足を止めた。

 振り向くと、自分より十は年上の露天商が、にこにこと彼を手招きしている。魔法が広く受け入れられているこの世界では、黒装束に額のサークレットをしたユレイオンの姿で魔術師だとわかる者は多い。

 だが、それが等の魔術師かどうかなど、わかるはずもない。

 警戒の眼差しで睨みつけられた露天商は、にやりと笑った。


「いかがかね? 見ていく気があるなら荷を解くが。本当ならこんな早くに客なんざ来ないだろうと思って場所取りだけのつもりだったんだけどね」


 あんたを見て気が変わったんだよ、と正体のしれない露天商は言う。

 ユレイオンは返答せず、警戒の眼差しを向けたままだ。が、足を止めたのを興味有りと解釈したのだろう、露天商は嬉々として荷を解き始めた。

 使い込まれた大きなトランクを縛っている紐を解き、蓋をあける。黒い布に覆われた板が何枚も入っていた。その板それぞれに、光る石や護符らしいアクセサリー類がとめつけてある。万引き防止のためだろう。


「どうだい? 品数の多さじゃここらの露天商の上を行く自信があるよ。それに、いわくつきの物や本物も数多く揃えてある。……おいおい、まだ、疑ってるのかい? ほんとに疑り深い人だねえ」


 ユレイオンがトランクを見ずに自分をじっと凝視しているのに気がついて、露天商は眉を寄せた。


「なんであんたが塔の魔術師だってわかったか、だろう? 誰だってわかるさ。何せあんたはまだ神託受付も始まってない神殿の方から出てきたんだ。神殿に寝泊まりしてると考えるのが筋だろう? この時期に神殿に寝泊まりする魔術師って言えば、西の塔から来るという魔術師に決まってるじゃないか。ただそれだけだよ。普通の魔術師なら今頃この長い列の中に埋もれてるさ。さあさ、ご覧なさいよ」


 まだ疑いが完全に晴れたわけではないが、露天商の説明には一理ある。とりあえず警戒はしながらも指し示されたトランクの中身に視線を移すことにする。

 様々な輝石が身につけられるように加工してある。

 ユレイオンは宝石には興味が無かった。

 ましてやそれらにまつわる逸話や込められた力などわかるはずがない。どれがどういいのかとか、とんと検討もつかない。

 それを見て取ったのか、露天商はトランクのポケットに手を突っ込んだ。


「塔の魔術師のお兄さんじゃ、いいに買っていくってわけには行かないよな。そんじゃ、こんなのはどうだい?」


 両手に並べたのは様々な形の護符だった。

 鎖で首にぶら下げるものや、胸にブローチのように着けるもの、また、服の裏地に縫い付けるものなど様々だが、それらに込められた護符の力はユレイオンにも感じ取ることが出来た。飼う買わないにかかわらず、興味がわいた。


「どんな効果があるものだ?」

「様々さ。そこらへんにいる悪いものを寄せ付けないとか、災が避けて通るほど強いものもある。女性用のものもあるな。塔の魔術師殿が持つほどのものはなさそうだが……そうだな、これなんかどうだい?」


 そういって取り出したのは、鎖で首からぶら下げるタイプの金のプレートだった。差し出されたそれを手にしたユレイオンは、手首にちりちりするほどの排斥力を感じ取る。


「これは何の護符だ?」


 裏をひっくり返しながら問う。


「邪眼封じの護符さ」


 その言葉を聞いたユレイオンの動きがピタリと止まった。その様子を見て、露天商は続けざまにまくし立てる。


「霊験あらたかな護符だよ。なかなか手に入らない逸品でね。生産地が限定されてるもんで、そこに行かないと売ってくれないんだ。これを身に着けていれば、どんな強い邪眼の攻撃も無に帰すってわけだ。いかがだい? 魔法と邪眼の力は相容れないものだと聞くからね。魔術師の方々には評判の逸品だよ。それに……」


 続ける露天商の声がいやに遠くに聞こえた。手にとったまま、じっとプレートに見入る。薄いプレートの表面に刻まれている古代文字や邪眼の意匠をそっとなでる。

 塔長から借りたものとは形も意匠も違うが、手にとった時の印象は確かに同じ。しかもはるかに強い力を感じる。本物だ。

 手段を選んでいられるほど余裕がないことは分かっている。だが、これは。

 卑怯かもしれない、と思う。相手はまだ石も戴いていない無位無冠の少年だ。しかもほとんど魔術を使えない。

 その相手に、唯一の攻撃力である邪眼を完全に封じる護符を用いても良いものだろうか。

 たとえその邪眼が自分をも害するほど強いものであろうとも、それすら封じて手も足も出ないようにして、相手を追い詰めることが正しいことなのか。

 そういう方法でしか彼に対抗できないとしたら、一体今まで修行を積んできた自分は何だったのだ。そんな手段を取ったら、自分の矜持まで失いそうで、ユレイオンは深くため息をつくとその護符を露天商の手に戻した。

 露天商は、護符が手に戻ってきたことに逆に驚いた。


「え? ……買わなくていいのかい?」

「ああ……いらん」


 それは精一杯の虚勢だった。本当のところは喉から手が出るほどほしい。だが、今じゃない。


「金額が高いっていうならお安くしとくよ。塔の魔術師の方が利用してくれた露店ってことで箔がつくからね」


 露天商はユレイオンの態度が、値段によるものだと推測したらしい。

 何しろ、口ではいらないと言いながらも彼の視線はプレートに釘付けで、立ち去ろうとしていないのだから。


「何だったら金が貯まるまでキープしておいてもいいよ。後払いでもいい。塔の魔術師殿なら探すのも容易いことだろうし」

「いや、いい」

「どうしてもいらないのかい? ……本当は欲しいんだろう?」


 図星を指されてユレイオンはぱっと頭に血が上った。幸いだったのは、露天商の口調がまるで同情するかのようだったことだ。人の弱みに付け込むかのような口ぶりであったなら、ユレイオンの態度は穏やかでいられなかっただろう。

 ユレイオンは言いかけた言葉を飲み込み、首を振った。


「いや、いいんだ。それを買ってしまうと、私は私でなくなってしまう。魔術師だからこそ、魔術で決着をつけなければならない。そういう気がするんだ」

「ふうん……魔術師ってのも色々苦労があるんだろうねえ……。いいよ、これは売らないでおく」

「いや、それは悪い。私に構わず売ってしまってくれ」


 しかし、露天商は首を振った。


「あんたがそれほど迷ってるってことは、本当に必要なものなのかも知れん。これは金額の問題じゃあない。プライドの問題だ。俺も露天商を長くやっているが、客の見立てに失敗したことはないんだ。これは売らずに持っておく。あんたがいずれ、これがほんとうに必要になった時は買いに来てくれ。俺は『漂泊のカラ』という。毎年この時期にはここで店を出してるから」

「ありがとう……済まない」


 思いがけない彼の優しさに、ユレイオンは素直に謝辞を述べた。これから先、いずれ必要になる時が来たら、彼のところへ行こう。そう心に決めて。


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