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翠の瞳 ~塔の魔術師 外伝~  作者: と〜や
二人の少女 ――二日目
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5.二人の少女 1

 神殿の朝は早い。

 祭りの間は特に、太陽が登る前から様々な祭事が組まれていた。

 朝に弱く、しかも塔での夜型生活に慣れきっていたユレイオンにとっては何よりも苦痛だった。

 今朝も甲高い起床の鐘に起こされた。

 すばやく身支度を整え、部屋を出る。

 朝は館の外に設えられた祭壇で、太陽の昇る前から登り切るまで神事を執り行うことになっていた。

 本来は神官の勤めであり、魔術師はその神事には関わらない。

 だが、ユレイオンは塔長より、経験の一環として出来る限りすべての神事に参加するよう申し渡されていた。

 それを、初めて祭りに参加する自分に対する配慮だと解釈している。今回の祭りに参加しているもののうちあの馬鹿を除けば自分だけだ。

 大祭に関する神事が何を意味しているのか、そして自分の役割が何なのか。塔長は何ら説明をしなかった。ただ一言、「経験を積め」という言葉の他には。

 一刻(2時間)ほどの神事が終わり、ユレイオンは塔長の部屋へ向かった。

 扉を叩くとすぐに応えがあった。


「失礼いたします」

「おお、ユレイオンか。ちょうどよかった」


 身支度をすでに終え、くつろいでいた塔長は若き弟子を招き寄せた。


「長様、陽迎えの神事、終了いたしました」

「うむ。ご苦労様。神官長の様子はどうであった?」

「本日も渋い顔をなさっておられました」


 それを聞くと塔長はため息をついた。


「ところで長様、シャイレンドル=リュフィーユの居場所の件なのですが」

「判明したのか?」

「はい、その……シャイレンドルの居場所については昨夜の探索で一度はつかめたのですが、彼の邪眼にて水盤を曇らされ、断念しました」

「彼の癇に障ったんじゃろうのう。邪眼は浴びなかったか?」

「一度経験しておりますから、直視することは避けられました。ただ、それ以降水盤が使えなくなってしまいましたので、それ以降の追跡はできておりません」

「水盤が使えぬとな? 破壊されたのか?」

「いえ、破壊はされておりません。ただ、水を張り替えて清めを行っても、二度と像を結ばないのです。何度も試してみたのですが」


 報告を聞いて、塔長はうなずいた。


「それはな、ユレイオン。シャイレンドルによってその水盤が封じられたせいじゃ」

「封じ、ですか?」


 ユレイオンは暗澹たる気持ちになった。が、塔長はそれを知ってか知らずか嬉しそうにうなずいた。


「そなたが使っておった水盤に魔法をかけられなくした、と言えばよいかな。シャイレンドルは己の邪眼を使って、水盤を己の支配下に置いておるんじゃよ」


 言葉の意味を理解して、ユレイオンは問いなおした。


「では……私の魔法力よりもシャイレンドルの邪眼の力が勝る、ということなのでしょうか?」

「ふむ。それぞれの力には性質の違いがあるから同じ尺度で計ることはできんのじゃが、有り体に言えばそういうことじゃな。あれの邪眼を受けた際のそなたの被害を思い起こしてみるといい。不意打ちであったとはいえ、そなたは邪眼の力をもろに受けた。跳ね返すこともそらすことも出来なんだ。そうであろう?」

「……はい」


 被害が少なくて済んだのは借りていた護符のおかげだ。


「それほどにあれの邪眼は強い。じゃが、これは魔力ではない。邪眼の持つ圧倒的な力には、我々の魔力では到底太刀打ち出来ぬであろうの」

「長様の力を持ってしても、でございますか?」


 塔長の言葉に驚いて、ユレイオンはつい声を上げた。


「跳ね返したり逸したりすることはいずれできるようになる。じゃが、邪眼の力を屈服させるのは無理じゃ。何しろ力の質が違うのでな、互いに干渉することができんのじゃよ」

「そうですか……」


 水盤がなければシャイレンドルの正確な位置を割り出すことは出来ない。それに、いくつ水盤を用意しようとも、同じように邪眼で邪魔をされたのでは探しようがない。


「ユレイオン、そなたは固定観念にとらわれすぎじゃ。何も水鏡を行うのに、清められた聖なる水盤でなければならない道理はないんじゃよ。水鏡の原理をもう一度よく考えてみなさい」

「……はい」


 自分の知識と経験の薄さに歯噛みしつつ、頭を下げる。部屋を出ようと踵を返したところで、塔長は呼び止めた。


「そうそう、魔術師四人衆の役目はとりあえず終わった。次のそなたの役目は祭りが終わる十日目じゃ。それまでは自由に動いて良いぞ。そなたはこういった大きな祭りは初めてであろう? 存分に楽しんでくるがよい。ただし、十日目に戻ってくるのを忘れるなよ。まだ役目はあるからの」

「はい」

「では、三人を呼んできてはもらえんかの」

「分かりました」





 幾ばくかの路銀を渡され、部屋を出たユレイオンの足取りは重かった。

 魔術師四人衆の控室まで来たが、中にいるであろう他の重鎮に声をかけることさえ気が重い。

 塔長の話はユレイオンにとっては少なからずショックであった。抗う手段がないとはいえ、無冠のシャイレンドルの邪眼の前では己の魔術が何の用もなさないことが、何よりも無力感を煽る。

 塔に入って今まで、努力に努力を重ね、研鑽を続けて今の地位を己の実力としてとらえ、自分でもそれを自負していた。だが、無為の男の邪眼の前に、それが無駄であることをつきつけられたのだ。

 考えれば考えるほど打ちひしがれ、控室の前で止めた足を踏み出せないでいる。


 ――今は重鎮のお三方と顔を合わせたくはなかったが……。


 伝言を伝えない訳にはいかない。

 重い気持ちでユレイオンは扉を叩いた。


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