2.狼狽する若者 1
ろうそくの投げかける黄色い光がいくつもの長い影を石畳の上に作り出す。
浮かんでは消える自分の影を踏みつけながら、男は何度目かのため息をついた。
魔術師の証である黒いローブを着込み、長い髪を流れるに任せ、力の象徴たる青石のはめ込まれた銀のサークレットを真っ白な額に戴くその姿は、まるで闇に浮かぶ祭り用の仮面のようだ。
切れ長の目、通った鼻筋、透けるような白い肌、薄い唇。にこやかに笑えば女が放っておかないのは間違いないのだが、本人にその気はないようだ。への字に曲がった口元と眉間に寄ったしわがそれを裏付ける。
上階へ向かうその足取りは重かった。
いつものように中庭の吹き抜けから上がっていけばすぐに着く。だが、あえて階段を登るほうを選んだ。
足元の影をにらみながら一段ずつ上がる。
文書館で持ち出し禁止の魔法書を読む邪魔をされたのも不機嫌の原因の一つだが、それよりももっと気が重いことがある。
塔長からの緊急の呼び出し。
今回の塔長は容赦がない、との噂は着任早々から聞こえていた。温厚そうな外見に惑わされてはいけない、と彼に耳打ちした年上の先輩はその後、辺境への赴任が決まった。
分かっていた。
いずれ訪れる終焉なのだ。
それが今訪れただけ。
そう、自分に言い聞かせ、目の前に現れた大きな扉を叩いた。