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翠の瞳 ~塔の魔術師 外伝~  作者: と〜や
祭りの始まりは危険が一杯 ――初日
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4.祭りの始まりは危険が一杯 14

 目を開けると隣で女が気持ちよさそうに眠っている。

 シャイレンドルは身を起こして周囲を見回した。見覚えのある本棚と天蓋ベッド。窓は閉じられ、机の上のランプで火が踊っている。

 アイランの部屋だ。

 どこをどうやって戻ってきたのかまるで覚えていない。正体をなくすまで酒を飲んだ記憶もない。


「ん……あら、起きたの? シャル」


 女の切れ長の目が開いた。手が伸びて来て、シャイレンドルの頬を撫でる。


「ああ」


 手に導かれるように屈みこんで、女の唇を塞ぐ。女の両手が首に回されるのを受け入れて、数度のキスを交わす。


「なあ、わい、どうやって戻ってきたんや?」

「あら、覚えてないの? そんなに酔っ払ってるようには見えなかったけど」

「まったく覚えてへんねん」


 アイランは微笑んだ。


「あんた、すごい勢いで『追われとる、匿ってくれ』って飛び込んできたのよ? そりゃあもう必死の形相で。だから窓も扉も閉めて、ベッドの中に隠したってわけ。そしたらあたしの胸のなかであっという間に眠っちゃって」

「追われて……ああ」


 アイランの一言に、シャイレンドルはすべてを思い出した。


「夢やなかったんか」


 体を起こし、ため息をつく。夢であってほしかった。


「あら、何かあったの?」

「ああ、一番会いとうなかった奴に会うてな……」


 顔ははっきり見えなかったが、きっとあの爺たちの差し向けた神殿の奴らに違いない。あんな人混みの中で名前を呼ぶなんて……。


「ほんまにそれだけ? じゃ、許してあげる」


 アイランはベッドに寝そべったまま、くすくすと笑った。


「あんたの帰りが遅いから、どっかで他の女にひっかかってるんじゃないかとひやひやしてたんだから。あんた、本当に綺麗だものね。独り占めしたくなっちゃうのもわかるけど」

「ああ、まあ変なのには引っかかったけどな」


 露店の爺を思い出してシャイレンドルは顔をしかめた。


「やっぱり! もう、今はあたしのお客なんだから、浮気しちゃダメよ?」

「浮気って……占いの爺にひっかかっただけや」

「それじゃ許したげる。で、何を願ったの?」

「え? 何の話や」


 占いと願いがつながらなくて、シャイレンドルは首をかしげた。


「え……シャル、日没の儀式、しなかったの?」

「日没? 儀式? 占いと何か関係あるんか?」

「まさか……シャル、ちょっとこっちに来て」


 アイランは体を起こすとシーツを体に巻きつけてベッドを降り、椅子をベッドの方に向けた。

 言われるままにシャイレンドルは椅子に座る。アイランはテーブルのランプを持ってシャイレンドルのうしろに回った。


「黄金花が……」

「おうごんか? ああ、今朝もろた花のことか? そのままやけど」


 アイランは息を呑んだ。ゆるく束ねた金の髪に今朝飾り付けたあの花が、そのままの姿で薄く輝いている。


「嘘……てっきりあんたは知ってると思ってた……ごめんね、ちゃんと話しとけばよかった」

「アイラン?」


 ランプをテーブルに起き、アイランはその場にへたりこんだ。


「この花に何かあるんか?」

「十年に一度しか花をつけない奇跡の花って話はしたわね。日没直前の太陽の光を当てると願いを叶えてくれるんだけど、それをしないと呪いをかけると言われてるのよ」

「呪い? そんなアホな」

「嘘じゃないわよ。あたしも聞いたことあるもの。祭りの間ずっと『泣き女』にまとわりつかれたとか、昔捨てた女に夜な夜な枕元で恨み言をつぶやかれたとか。まあ、この界隈で聞ける話はそんなものばかりだけど」

「なんで花が呪うんや。ただの花やろ?」

「『黄金花は太陽を司る金聖獣の化身のようなもので、受け取った者がそれを太陽に戻すことで恩恵を得る』ことができるって話なの。それを『太陽に戻さず、身につけ続けた場合は金聖獣の怒りに触れる』ため、呪いを受けるってことなんだけど……」


 神殿の神官から聞いた話よ、とアイランは付け足した。


「じゃあ、この花は……」


 続く言葉を察して、アイランは立ち上がった。


「今から神殿に行きましょ。あそこに行けば取ってもらえるって聞いたわ」

「神殿……」


 シャイレンドルは唇を噛んだ。せっかく逃れてきたのに、戻らなきゃならないのか。


「シャル、もしかして会いたくない相手って」


 アイランの言葉にシャイレンドルは肩をすくめてみせた。


「ま、ええわ。別に害になるっちゅーわけでもなさそうやし、しばらく放っとく。祭りが終わるまでに神殿に行ったらええんやろ?」

「でも……変な女が現れたりしたらいやよ? あたし」

「大丈夫や」


 シャイレンドルはにっと笑った。


「枕元で泣かれるような女はおれへんかったし。それに、よう似合うとるんやろ? せやったらかまへんわ。それより腹減ったなぁ。なんか食べるもんあれへんか?」

「わかった、持ってくるわ」


 アイランが部屋を出たのを確認して、シャイレンドルは笑みを消した。

 呪いがどんなものなのかはっきりわからなかったが、問題は大神官でないと鼻を落とせない点だ。

 神殿は明日から一般公開になる。一般の参拝客に紛れて入り込むのも考えた。でも、塔長や爺、なによりあの監視役が気づかないはずがない。


 ――あのいけすかん監視役には今朝までいた場所、ばれとるやろからなぁ。


 水盤は使えないように封じたから、すぐ場所を突き止めることは出来ないはずだ。だが、あの男が人海戦術を使ってきたら、逃げようがない。

 何しろ塔の他の先達を差し置いて、祭りの大役を任された男だ。ろくに魔術も使えない、サークルも与えられていない自分が太刀打ちできるはずがない。唯一あるのはこの邪眼だけ。

 しかもそれも万能ではない。 

 部屋の隅に置かれたくすんだ鏡を覗きこむ。薄暗くてわかりにくい。ランプを持って来て照らすと、明かりを受けて自分の髪の毛の間から、確かに黄色い花が見え隠れする。

 何か手はあるだろうか。

 アイランの登ってくる足音を聞きながら、シャイレンドルはため息をついた。

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