4.祭りの始まりは危険が一杯 11
街をぐるりと囲む堅固な外壁の上。神殿が見える西の塔でオスレイルたちは日没を待っていた。
普段は城壁の上も塔の上も登ることはできないが、祭りの初日、黄金花の日没の儀式だけは例外だ。
今いる西の塔にはすでに数十人の若者が花を手に日没の最後の光を待ち受けている。二人も壁の近くに座り込んでいた。
「で、何を願うか決まったか? オスレイル」
花を持たず、友についてきただけのアマドが彼の手の中の花を顎で指す。
「まだ決まってなくて……普通は何を願うんだろうな」
「何でもいいんじゃないか?」
「たとえば?」
「たとえば、うちみたいに商売やってる奴なら商売がうまくいきますように、だろうし、これから前線に出る兵士なら生きて帰れますように、とか勝ちますように、とかだろうな」
ますます困惑した表情で考えこむ友に、アマドは肩をすくめた。
「相変わらず真面目だなぁ。あんまり固く考えなくてもいいんじゃないか? 今おまえが一番気になってることを願えば」
アマドが暗に『悟り』の成功でも願ったらどうだ、と言っているのだということにオスレイルは気がついた。
昼間、カラの宿屋でセグニールに会ってから、気分が沈み込んだままだった。
カラもセグニールも、アマドやオスレイルと共に神官補の関門をくぐった同期だった。しかし、今やセグニールは正神官となり、アマドも火の神殿での見習い期間をこなしている。
カラは途中でその道から外れたが、他の誰よりも幸せの絶頂にあった。
――また、自分だけが取り残される。
神官補になるのもオスレイルは同年のものより一年遅れた。一つ年下のアマド達とともに受けた神官補の試練も彼にとっては二度目だった。それなのに、自分だけがまだ王都ゴーラの神学校にいて、二度目の『悟り』を受けなければならない。
「……何故だろうな」
自分が太陽神殿の大神官の子だから特別扱いされるのだろうか、と子供の頃は考えもした。だが、同じ境遇の者が多い神学校でも、自分だけが遅れる。
……どこかに問題があるに違いない。多分、自分自身に。
「ん? どうかしたか?」
「いや」
自分の中に渦巻くこのどろどろしたものを、アマドには知られたくなかった。いつものように今までと変わらない自分を演じて、仮面をかぶったままでいたい。せめて、アマドの前では。
「カラのところを出てからこっち、ずーっと考え事してたろ」
「まあ、色々とね」
苦労しながら結局隠しきれてないことに苦笑する。
「俺も圧倒されたよ」
「え?」
「セグニールさ」
アマドは塔の壁にもたれて空を仰いだ。
「あいつらとは神官補の試練の時からのつきあいだけど、あんなに変わるもんかな、と思ってさ」
三年前。
神官補の試練の時の彼らは、双子ということもあって、兄のカラが弟のセグナを何くれとなく世話をし、少し体の弱い弟をいたわっていた。弟はそれに感謝の微笑みで返していた。
だが、久しぶりにあった双子は、まるで他人のようによそよそしかった。
あれほど仲のよかった兄弟が、視線を合わせることもなく、話すらもしない。
「まるで他人だよな、あれじゃあ。カラよりセグニールのほうが態度がでかくてさ……カラは弟の機嫌を損ねないように気を配って……奥さんも気の毒だよ」
「神学校ではそんな雰囲気じゃなかったのにな」
「ああ。カラが神学校をやめて家業の宿屋を継ぐと決めた時、セグナは自分もやめて宿を手伝うと駄々をこねてたのを覚えてる。いいヤツだったよ」
「そうだよな」
記憶の中のセグナは感情豊かに笑い、泣いた。怒ったことなどカラが家を継ぐと決めた時以外、見たことがなかった。
なのに。今のセグニールは感情を失いでもしたのか笑いも泣きもしない。冷たい彫像のようだ。
「よくわからないんだけど、水の神殿だからとかいうことはあるのか? そういう、感情を面に出さないような訓練をしているとか、修行とか。おまえのところはああいうタイプの神官はいるか?」
「まあ、そりゃいろいろいるぜ。新入りを顎でこき使う奴だとか、地位を鼻にかける奴だとかね。だけど、みんな家族を大切にする普通の人だぜ。あいつとは違う」
「水の神殿もあっという間に正神官になったし、期待されてるんだろう? 息苦しくならないのかな」
しかしアマドは肩をすくめた。
「どうだかね。神学校の同期でも異例の出世だからな、あいつは。裏で何か取引したんじゃないか、とかいろいろ噂も立ってたし」
「……何かって」
アマドは眉をひそめて声を落とした。
「おまえも噂ぐらいは聞いたことあるだろうが」
神学校でもまことしやかにささやかれていた噂。出世を願うがあまり、闇取引をするのだとか、金を積むとか、家格で圧力をかけるとか、自分の体を売るのだとか。
全て嘘であってほしい、とオスレイルは口をつぐんだ。




