4.祭りの始まりは危険が一杯 8
部屋は薄暗くて狭かった。窓は開け放たれており、城壁が向かいの屋根の後ろに見える。
「さてと」
アイランはベッドに腰かけた。
シャイレンドルは荷物を降ろし、部屋を見回した。天蓋つきベッドと丸テーブル、椅子。低い天井まで届く本棚は八割がた本で埋まっている。本棚の本をざっと見てみたが、読めない文字で書かれているものが多かった。
「何て呼んだらいい? もう坊やじゃいやでしょ? 偽名でもなんでもいいけど」
「――シャル」
長らく呼ばれなかった呼び方。この町に戻ってきてなぜか昔のことを思い出した。昔誰かにそう呼ばれてた。
「シャル、ね。いい名前じゃない。こっちに座って」
「ああ」
横に座ると、女は白い腕を伸ばし、彼の腕を引っ張った。
「うわっち」
「なぁに遠慮してんのよ、いまさら」
そのまま体勢を崩して倒れこむ。起き上がろうとすると、彼女はシャルの頭を膝に乗せ、頭を撫で始めた。
「なん……」
「膝枕。夕べろくに眠れなかったでしょ?」
黙りこむ。女たちに弄ばれて、くたびれ果てて眠ったのはずいぶん遅くだった。
興奮していたせい、というよりはすぐ隣に人の気配があったせいだろう。塔にいた十年の間、いつも寒々しい部屋に一人寝していた。人肌のぬくもりがこんなに気になるものだとは。
額にやわらかいものが当たる。目を開けるとすぐ近くに顔があった。
「アイラン……」
唇を重ね、目を閉じる。彼女の手が頬を撫でていくのが分かる。唇が離れると、自然に目を開けた。
「素敵な金の瞳……。猫みたい。あたしね、こんな瞳の猫を飼いたかったのよ」
「わいは猫やないで」
そう答えると、彼女はくすくす笑った。つられてシャルも笑みを浮かべた。
「寝てもええよ? 添い寝したげる」
「え、でも」
開きかけた口にアイランは指を当てた。
「猫はしゃべらないの。……いいのよ。シャルがしたいことしたら。眠かったら寝ていいし、おなかすいたら食事持ってこさせるし。出かけたかったら出かけていいし。誰もシャルを縛らない」
――誰も俺を縛らない――。
塔長の言葉が不意によみがえった。
『そなたは自由じゃ。どこに行こうと、何をしようと。塔も魔術も教師も、そなたを縛るものはない』
十年経ってようやく得られた自由。でも、それって、俺はもう要らないってこと、だよな。
結局俺って何だったんだ。十年も閉じ込められてたのも全部無駄になった。何で、閉じ込められなきゃならなかったんだよ。
横を向いて目を閉じる。アイランの手が優しく頭を撫でていく。何度も何度も繰り返し。
思考の渦をぐるぐる辿るうち、シャイレンドルは眠りに落ちていた。




