1.やっかいな爺 3
「この塔の歴史を知っておろう? その昔、魔術の祖といわれた一人の女性が、魔術師を目指すものたちを正しく導くためにこの地に集めたのが始まりじゃ。その後、大陸の西に勢力を広げてきたファティスヴァールの多大なる支援を受けて建てられたのがこの塔じゃ。白金に輝くシルミウムの塔は力の象徴とも呼ばれておる。その塔の長の力は絶大じゃ。強い力を所持する者たちを束ね、各国の王族からの支持も厚い。まあ、本当はそんなご大層なものじゃないがのう。その頂点に立ちたいと思う者はそれこそ星の数ほどおるじゃろう」
「だからといって、誰にでも務まる役職じゃありません。それに、そんな欲にまみれた者が塔長などになってしまったら、どうなるか、想像がつくでしょう? あなただからこそ、前の塔長は指名されたんです」
前の塔長の時代から今の仕事を続けているメルニーは言い切った。実際に自分の目で見、耳で聞いたことなのだ。
しかし塔長は首を振った。ペンを置き、眼鏡を外す。
「そんなこたぁない。誰も貧乏くじを引きたがらなかっただけじゃよ。だがな、メルニー。彼の代わりはおらんのだ。どちらが大事か、分かるじゃろう?」
「分かりませんよ。分かりたくありません。彼がなんだって言うんですか」
「まあ、そのうち分かるようになる。さて、これで彼は自由だ。彼に……いや、私から直接伝えるとするか。食事の後でいい、教務長を呼んでくれ」
差し出された書類を受け取り確認する。渋々メルニーはうなずいた。
「分かりました。でも、本当にいいんですか?」
「構わんさ。塔に閉じこもったままでは体に悪い。少々遠出になるが、いい運動になろう」
いきなり飛びかかられても知りませんよ、とメルニーは言い置いて踵を返した。
「ああ、そうだ。言い忘れておった。祭りのことなんじゃが」
「太陽神殿のあれですか?」
メルニーは振り返った。いやな予感がする。
「わしも参加しようと思うての。祭りの間、塔長代理を頼む」
予感的中。そう言い出すんじゃないかと思ってた。
「またですか? 本当に突拍子もないことを次々言い出す人ですねぇ。型破りというかなんと言うか」
「まあそう言うな。わしも隠遁生活長いんでの、この際だから色々見て回りたいんじゃよ」
ホホホ、と笑う。楽しげな塔長の様子に、メルニーはため息をついた。
「はいはい、わかりました。その代わり、私の代わりはお願いしますよ」
太陽神殿の祭りには、塔の魔術師たちが毎年四名参加する。地・水・火・風それぞれの加護を受けた高位の魔術師が選ばれるのだが、ここ数年はメルニーが水の魔術師として参加していた。
「それは無理じゃ。わしは風の魔術師じゃからのう」
「じゃあ、誰を連れて行くんですか。他の者はもう予定入れちゃってますよ」
メルニーは他の高位魔術師たちのスケジュールをめくった。
「ユレイオンにやらせる。わしよりはマシじゃろうて」
「万年銀三位の、ユレイオン・フォーレルをですかっ!?」
思わぬ人物の名に、メルニーは驚きを隠せなかった。
「そうだ。彼も祭りは初めてだろう。あとで呼んでおいてくれ」
「塔長、確かに彼ならスケジュールは空いてるでしょう。ですが、銀三位ですよ? 彼に務まるとは到底思えません」
「構わん。務まらなかったらそれまでだ」
その口調とは裏腹に、塔長の目は至極真面目だ。
こういう人だった。人当たりはやさしいくせに、行くときはばっさりいく。ユレイオンが現地で使い物にならなければ、この人はあっさり切り捨てるだろう。そうなれば、彼の戻る場所はもうない。
「分かりました。そのように手配しておきます」
部屋を辞しながら、塔長の闇部分を覗いた気がして、背筋が寒くなった。