1.やっかいな爺 2
塔の一角にある一室。
夕暮れの光が窓から差し込み、広い室内が茜色に染められていく。
その光を背に受けながら、老人は自分の影で読みづらくなった書類から顔を上げた。伸ばし放題の髪も髭もすっかり白い。
「そろそろ明かりが必要じゃの……よっこらせっと」
掛け声とともに座り心地のいい椅子から降りる。机のランプを取り上げたところで、芯に火がついた。
「それぐらい、言ってくださればやりますのに」
いつの間に入ってきたのか、黒髪の青年は手にした書類を机に置き、口の中で何事かつぶやいた。と同時に部屋中の残りのランプが一斉に燃え始める。
「すまんのう、いつも。どうも火を操るのだけは苦手でのう」
どういたしまして、と青年はつぶやき、老人が椅子に戻るのを手伝った。
「ああ、すまんの。……よっこらせっと」
椅子に深く腰掛ける。
「やれやれ、年は取りたくないもんじゃな。それにしても遅かったのう」
机の上の書類を取り上げ、老人は青年を見上げた。
「あまり気の進まない仕事だったもので」
「なんじゃ、そなたも心配性じゃのう」
「当たり前でしょう? あなたが赴任してきてから私、胃薬が手放せなくなったんですから。しかも今回の仕事は最悪でしたし」
思い出しただけで胃が痛むのだろう、青年は胃の辺りを押さえた。老人は意味ありげに笑うと書類に目を戻した。
「そなたは考えすぎじゃよ、メルニー。何も起こりはせん。起こったところでわしが責任を取ればよいだけじゃ」
「簡単に考えすぎです」
老人ののんきな返答に、メルニーは語気を強めた。
「御身の立場をそろそろちゃんと弁えてくださいよ。もう森の中の世捨て人じゃないんです。いまや塔の魔術師を統べる長なんですから」
「ちゃんと理解しておるわい」
「なら! たった一人の落ちこぼれのために職を投げ捨てるなんてこと、考えないでください」
「買いかぶりじゃよ。メルニー。塔長の代わりなどいくらでもおるさ」
書類に丹念に目を通し、ペンを走らせながら、老人――塔長は答えた。
「長様!」
机を激しく叩く。インクつぼが飛び上がって倒れそうになり――宙に浮いた。そのままこぼれかけていたインクが巻き戻しのようにインクつぼに戻り、机の上に戻る。
塔長はようやく顔を上げた。ずり落ちてきた眼鏡を押し上げる。