3.困った子供たち 4
砂っぽい旅姿からこざっぱりした普段着に着替えると、ようやく旅の緊張が解けてきた。しばらくは馬に乗らなくていいと思うだけでほっとする。
もう夜だというのに、開いた窓からは大通りの音が絶え間なく聞こえる。
オスレイルは窓枠に腰かけて町を見下ろした。
灯明の投げかける蜂蜜色の光に、人の姿が浮かんでは消える。この時間でもまだ続々と旅人が到着しているのだ。ちらちら見える服装や髪の色から察するに、北の大国や西の大国からも巡礼が押し寄せているようだ。
豪華に飾り立てられた立派な馬車が音を立てて通りを曲がっていく。位の高い人が乗っているのだろう。喧騒の中で響く鈴の音が耳に残った。
「よう、待たせたな」
勢いよく扉を開けて入ってきたのは、酒樽を抱え、両手に杯を持ったアマドだった。
「宿の仕事は終わりかい? おつかれさん」
菰に巻かれた酒樽を受け取ると、ほのかに藁の香りがした。
「おう、もう満室だ。お袋の奴、帰ってきたばかりでへとへとだってぇのにがっつりこき使ってくれてよぉ。くたびれたぁ」
そういうとアマドは寝台にひっくり返った。
「あれしきでへたばってんじゃないよ。まだ若いくせにだらしないねぇ」
すぐ後ろからミリアが入ってきた。その手には様々な料理が山ほど載ったお盆を提げている。いい匂いが鼻をくすぐった。
「かんべんしてくれよぉ。俺だって東の果てからはるばる帰ってきたんだからさぁ」
「泣き言言ってんじゃないよ。火の神殿に行ってからあんた、体なまってんじゃないの? ほら、運んだ運んだ」
アマドはしぶしぶ起き上がった。
引っ張り出してきた卓の上には皿が所狭しと並べられていく。準備ができたところで二人とも腰を落ち着けた。
「あ、その樽、土産。ラガルディニアの一級品だぜ」
アマドは樽を取り上げると封を切った。芳醇な香りが広がる。
「へぇ、いい匂いだな。こんな香りの酒は初めてだよ」
「あんたにしちゃ気の利いた土産ね。ありがたくいただくよ」
さっそく杯に透明な酒を注ぎ、久々の再会に杯を上げる。
「ラガーディアだったっけ? 火の神殿があるのは」
大陸の東は昔から群雄割拠の地域で、小国が乱立しては消えていく。お国柄がそうなのか、それともそこに住む民の問題なのか、ちょっとした火種があればすぐ戦争が始まる。
火の神殿を抱えるラグルド王国はその中でも比較的大きな領邦国で、海から取れる珊瑚と真珠のおかげで豊かな国ではあるが、それが元で常に戦乱に晒されてきた。
「おう。あんな遠いところにあるとは知らなかったよ。馬で何日かかると思う? しかも街道は内戦中とかで、神殿の正式な通行許可証がなきゃ通れないっていうし。今回は神殿からの巡礼団に加われたおかげで戻ってこれたけど。おいそれと帰らせてくれない理由がようやくわかったよ」
鶏モモの香草焼きを嚙みちぎりながら、アマドはぼやいた。
「あのあたりは物騒だからねえ。海沿いなら船で帰ってきたほうが早いんじゃないの?」
母親の質問にアマドは首を横に振った。
「今の時期は海も危ないんだとさ。海賊が出るとか何とか。神殿の旗印を掲げてりゃ襲わないって約定だけど、その代わりに通行税がっぽり取られるとかで、神殿の出納係が渋ってた。冬なら海路一択だから護衛船つけてくれるだろうけど、そういう季節じゃないしな」
「なるほどな。じゃあ、火の神殿から海が見えるってのは本当なのか?」
それはアマドがまだ神学校にいた頃、まことしやかにささやかれていた噂だった。
「あれ本当。俺の部屋から海が見えるんだぜ。風が強い日とかは部屋中べとべとになって困るよ。火の神殿なのになんで海沿いに立てられたのか、不思議でしかたがない」
「何か理由はあるんだろうな」
「たぶんな」
「忙しいのか?」
するとアマドは肩をすくめた。
「忙しいなんてもんじゃないよ。一年目だから色々な雑用もさせられるし、見習いだから覚えることが山ほどあって、頭がついていかねえよ。儀式に参加してるわけじゃないからこれでもまだマシなのかもしれないけどさ。旅の間もずっと使いっ走りと料理係でさ。帰りもまたあれをやるかと思うといやになるよ」
「わがまま言うんじゃないよ。あんたが選んだ道でしょうが。文句は一人前になってからお言い」
「わかってるよ」
ミリアは厳しい顔でぴしゃりと言い放ち、オスレイルに向き直った。
「オスレイルのほうはどうなの? 特別にお休みいただけたって言ってたけど、やっぱり忙しいの?」
オスレイルは苦笑を浮かべて杯を飲み干した。
「お袋、店ほっといていいのかよ」
「大丈夫よ、部屋はもう満室だし、食堂は他の子に任せときゃいいし。はるばる帰ってきてくれたあんたたちと一緒にいたいもの」
「いや、でもさ……」
「いいよ、アマド」
言いよどむアマドの気配りに感謝しつつ、オスレイルは切り出した。
「ミリアさん、実は俺、まだゴーラの神学校にいるんです」




