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七月上旬の日勤

「ありがとうございます。お世話になりました」車椅子を押しながらお礼の言葉を口にする、その顔には不安がにじんでいる。ぐったりと車椅子に座るその人はバンダナで髪の抜け落ちた頭を覆い、青白い顔をして頬を緩ませている。


 38歳の患者は最後の場所を自宅に決めた。まだ、子供が小さく三歳と八歳だ。近々、訪れる永訣を思うと、佐倉はやるせない思いを隠しきれなかった。

 化学療法をやめ緩和ケアに移行を決めたとき、それがある意味、死亡宣告だったと患者は話し、ベッドサイドに張られた『お母さん、はやくげんきになってね』と描かれた絵をじっと見つめていたことを思い出す。


「あんなにいい人なのに可哀相です」丸野はぽろぽろと涙をこぼす。

「悪い人は死んでもいいってこと?」

「そっ、そんなこと言ってません」

「珍しいじゃん、佐倉」いつからそこにいたのか高井が後ろに立っていた。

「看護師が先に泣いていたら、家族さんが泣けないだろう?」

「は、はい、泣かないでって慰められてばかりです」

「それじゃあ、だめなんだよ、泣くのは家に帰ってから。仕事中はほかの患者さんにも迷惑をかけてしまうだろう?」

「どうしたの?って心配されてしまいます」

「もうちょっと頭使って、いろんなこと、考えてもいい頃だと思う。丸野は」高井にため息交じりに言われ、丸野はがっくりと肩を落として出て行った。きっとトイレで泣いてくるのだろう。

「どうした?佐倉?」

「あぁ、ちょっと八つ当たりしちゃったね」

「そんなことないけど。そうだなぁ、もう少し早く帰れたな。なかなかご主人の受け入れが出来なかったから、難しかったと思うよ」高井は佐倉の苛立ちの原因を的確に話す。

「うん、あの時、もう少し丁寧に関われば、もう少しゆっくり話を聞いていれば、もっと早く自宅に帰れたと思う。もっと動けるうちに帰れば、子供との関わりももっと……」そんなことばかり、頭の中でぐるぐると回るけれど、決して時間は戻らない。こうしていればああしていればと後悔ばかりだ。

「後悔が残ることもあるさ、完璧なんてないし、後悔するからこそ次、がんばれる」

「そだね」

 高井は続ける。

「親はなくとも子は育つ。不自由な環境は人を育てるって言うだろ?お母さんがいなくても大丈夫さ」

「そうかな」そうさと高井はにこりと微笑む。

「さっ、仕事しようぜ」くるりと背中を向けて歩いていく高井から佐倉は目を離せなかった。





今日の18時にもうひとつ、更新します。

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