五月中旬の日勤
メール部分が抜け落ちておりました。
日勤の昼の休憩。やっとの思いでお弁当をひろげる。いつまでたっても仕事は途切れず、鳴り止まないナースコールから、一時のがれる。
いつもと変わらないお弁当。卵焼きとプチトマト、ブロッコリーかほうれん草のお浸し、この三つと何かおかずをプラスして、ご飯に梅干しをのせる。彩りもそこそこで朝、簡単に作れる。おかずは作りおきのこともあるし、冷凍食品だったり、レトルトだったりする。
「佐倉ちゃんのお弁当っていっつも美味しそうね、あれ?実家通いだったけ?」コンビニのお握りにかじりつきながら、平原が尋ねる。
「いや、独居です」
「えらいね〜、私ムリ。お弁当とか朝から作るの、絶対ムリ。佐倉ちゃん、なんかちゃんと暮らしてる感じするもんね」
弁当を作って持ってくることをちゃんと暮らしていると言うなら、ちゃんと暮らしているのだろう。でも、『ちゃんと暮らしている』の具体的な条件は一体何だろう。
さらさらのストレート、瞬きのたびにパサパサする睫毛、白いなめからな頬、ふっくらとした唇。平原のほうがずっと、ちゃんと暮らしている気がする。冴えないお弁当より、キラキラ光るケースに入ったスマホのほうがきっとずっと、健全だ。鞄の中の二つ折りの携帯が震え、メールの着信を知らせる。
<飲みに行こうぜ、沖の太夫で19時>
高井だ。よく喋り、よく飲む高井と一緒にいるのはなかなか楽しい。少し嫌な予感もするけれど、断る理由はない。
<了解。>
あわただしくいつもとかわならい日勤を終えた。
明日は休み。次の日を気にすることなく飲めるのは、やっぱりいい。
アパートの駐車場に車を停めて、店まで歩く。5分もかからない。暖簾をくぐり、店内を見回したけれど、高井はまだ来てなかった。
生ビールと枝豆を頼んで、ちびちび摘まんで、高井を待つ。
勢いよく戸が開いて、細身の人が入ってきた。前髪を掻き上げて、切れ長の目を細めて、微笑む。
「悪い。寝過ごした」
二人でする話は仕事の話しが多い。あの処置はどうやってするのかとか、あの検査前の準備は何を用意するのかだとか、患者さんの話しだったり、誰かの噂話だったりする。だんだん、高井の子供のころの話や学生時代のバカ話しが増えてきた。
相槌を打ちながら、ビールを飲んで、おつまみを摘まむ。あっという間に時間はすぎる。
いつも、お腹がいっぱいになった頃に、どちらからともなく、席を立ち、アパートに帰る。でも、高井はいつも以上に話し、いつも以上に飲んだ。足元はふらふらと覚束ない。左腕を持ち、支えて歩く。
「珍しいね、飲み過ぎ。ふらふらだし」高井の腕が硬くて、右肩に覆い被さるように乗る高井の胸が重くてドキドキして、日本語が来日したてみたいに、片言だ。
ふらふら歩いても、アパートはすぐそこで、ゆっくり階段を上がって、部屋の鍵をなかなか開けられない高井から、鍵を奪って、ドアを開ける。
中に入ると、ドアがバタンと閉まるのと同時に、右肩にあった高井の重さがふっと軽くなった。そして、高井の両腕が私を後ろからすっぽりと捕らえた。右肩に高井の顎が当たり、右耳に小さな声が聞こえる。
「佐倉」
そう呼ばれた瞬間に、あの人の顔が浮かび、声が聞こえる。
『あんたなんか、幸せになる資格ない』
あの人のライラックのニットが瞼に鮮やかによみがえる。
「言わないで。お願いだから」頭がくらくらする。立っていられない。きゅっと固く目を閉じる。ゆっくり息を吐く。ゆっくり息を吸う。
あの人が遠ざかっていく。
そろりと目を開ける。高井の顎はそのまま右肩に乗っているけれど、聞こえてくる規則正しい呼吸は眠っているようだった。
かがんで、肩から高井を下ろしても、目を開けることはなかった。
そっと外に出て鍵をかけて、ドアの郵便受けに鍵を入れた。コトンと小さな音がして、そのままドアの前に座りこむ。西の空には上弦の月が薄雲にかかり、ぼんやりとひかっていた。
やっぱり私なんて死んでしまえばいい。
短いですが、キリがいいので。
抜け落ちたメール部分、修正しました。