十月下旬の日勤
「丸野、多気さんの尿量どう?300ml以下なら点滴追加でしょう?」
「すみませんっ、12時の尿測まだです!」丸野はパタパタと走り去る。
佐倉はふっとため息が漏れてしまった。
75歳男性。腹部大動脈瘤の破裂にて緊急手術一命を取り留めた。一昨日、集中治療室から退出し、外科に転棟となった。ベッドサイドには心電図モニターがおかれ、規則正しく電子音を刻んでいる。
二週間前、目を閉じて静かに眠るその姿を誰が想像できただろうか。
腹部大動脈瘤の手術目的にて入院。脳梗塞の既往歴があり、右半身が不自由で、日常生活動作はほぼすべて、なんらかの介助を要する。
「トイレに行く」ナースコールにて部屋に訪れると患者は短くそう言う。
60キロは優に超している体を抱きかかえるようにして、車椅子に移乗させ、トイレに押していく。そしてまた、便座に移動し、そのズボンと下着を下ろす。終わりましたら教えてくださいといったんその場を離れる。ほどなくナースコールがなり、トイレに行き、下着とズボンを上げ、車椅子に移乗と……、それを一時間に一度、介助するほうもされるほうも、少々負担になっていた。
「自分でできれば呼んだりしない」その言い分は至極全うであり、布団を掛けて、お茶を取って、お膳を片付けてと、ナースコールは頻回だった。看護師たちが全く嫌な顔をせずに対応できているとはいいがたかった。特に夜間は人数も少なくなり、緊急時などあわただしく走り回ることもしばしば。そんなときに、ナースコールに急いで部屋に伺うと、「掛け布団を退けて」と言われると自分でそれは出来ないことなのかと、今でなくてはいけないのかと、そういう思いか心をよぎり、顔や態度に浮かんでしまう。その上、看護師は身の回りのことをすることが仕事だとはっきりと口にし、感謝の言葉どころか、時に命令口調になっていた。
態度には出さないけれど、看護師たちが休憩中にこっそり愚痴をこぼすようになるのにたくさんの時間はかからなかった。
「多気さんのトイレ、私、午前中だけで四回は行ったよ」
「私、おい、お前って呼ばれた。自分が呼ばれてるってわからなかったよ」
「来るのが遅いって言われた」
こういう患者は多くはないが、少なくもないのが現実で、少しづつ、増えているような印象がある。すべての患者の満足を得ることなどかなわないと佐倉は改めて思う。
手術を次の日に控えた夕方、患者は急変した。
もうナースコールを押すことも、言葉を発することもなくなった。時折、目を見開いていることはあるが、意思の疎通は取れない。オムツを当てられ、鼻の管から栄養流動食を流しいれられる。ただ、ベッドに横たわる暮らし。それを誰が望んだのだろう。
「多気さん、尿量が少ないので点滴を増やしますね」顔を近づけて、声をかけるけれど視線は微動だにしない。返事がないことは十分承知だけれども、失礼しますと声をかけて部屋を後にする。
「多気さんって、家族が介護するのは難しそうだな」高井は点滴や薬品の定数管理をしつつ、話しかけてくる。不思議と白衣のときは高井と何のわだかまりなく話すことができる。
「身よりは妹夫婦だけで、親身になるような関係でもないね。仕方なくって感じで、洗濯だけはしてくれるけど、引き取って介護してというのは、体力的にも心情的にも難しいよ。経済的な問題もあるし」
「結局、生活保護の申請をしたんだろ?」
「でないと、転院先が見つからないし。このままここにいるわけにはいかないから」
「これから、死ぬまでベッドの上でじっとしてんのか……。おむつに経管栄養、話すことも、動くこともない暮らし。弟に面倒をかける。考えただけで、ぞっとするなぁ。はぁ、無理だ。俺はさくっと死にたいなぁ。まぁ、多気さんもそう思ってただろうな」
「うん、そだね。みんなが思うことだよね」
「でも、今の日本じゃ、運良く、どっかでばたっと倒れても救急車呼ばれて、助けられちまう。5,6分で来るし。このまま死なせてくれなんて、言ってる暇ないだろうし、見つけた人も寝覚め悪くてそのまんまなんてできないよなぁ。俺だって無理だわ」
「簡単には死なせてもらえないね。多気さんはどう思ってるのかな。死なせてくれって思ってるのかな」
「さあな。思ってても今の日本じゃ、安楽死は犯罪。安楽死を認めているのは世界的に見てもアメリカの二つの州とヨーロッパの何カ国かだけだったと思う。宗教的問題もあるし、どんなにつらくても、苦しくても生きていかなきゃいけないってことなんじゃね?」
「そだね」ため息が出てしまった。看護師としてか、佐倉自身としてか。
更新は明日、12時です。
明日、じゃんじゃん更新します。
完結予定です(^-^)




