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秋の回想

 

「ごめん、本当にごめん。謝ってすむことじゃないってわかってるけど。全部俺が悪いんだ」

 そう言う彼は今にも泣きだしそうに顔をゆがめていた。そうして、うなだれた首筋は白く細かった。


 アルバイト先で知り合った八つ年上の人だった。慣れない仕事を丁寧にやさしく教えてくれ、失敗して落ち込んだときも、勉強が大変なときも、励ましてくれた。

 アルバイト先の先輩から彼氏になるまで、ゆっくり時間をかけて、佐倉を待ってくれた。

 子供のころの話をしたときもそっと抱きしめてくれた。

 自分の気持ちをうまく言葉にできなかった、人と話すことが苦手だった、そんな自分を支えて、優しく微笑んでくれた彼との出会いがあったからこそ、今の自分がある。

 そばにいるだけで暖かく、となりにいてもいいと思わせてくれた人だった。大切で大事で愛おしかった。

 そんな彼を傷つけてしまった。



 それは知り合って五年、佐倉が看護師として働き始めて、最初の夏だった。

 ヒグラシが鳴いていた。遠くにこだまするその声は夏の終わりを知らせていた。

「茉莉子のことを傷付けてしまった。もう、一緒にはいられない。許してくれなんていえない。俺のこと一生許さなくていい」

 隠し事が出来ない彼の誠実さや不器用さが好きだったけれど、知らないままでよかった。彼と過ごした日々、たくさんの思い出が一瞬にして消え去り、涙をこらえる彼の顔だけが残った。

「知ってたらこんなこと……。本当に茉莉子のお母さんだったなんて知らなかったんだ」あの人でなければよかったのだろうか。それはわからないけれど、彼はあの人だったから、耐えられなかった。それは事実。


 彼は去っていった。そうして、あの人は赤い唇に微笑を浮かべて佐倉のもとにやってきた。

「あんたに幸せになる資格なんてない。私は絶対にあんたを許さない」

 佐倉は妙に納得した。いつでも心に引っかかっていた得体の知れないモノがすんなりと心に落ちた。この人から逃れることなんてできないのだとどんなに目を背けようと、この人に流れる血とのつながりは絶てないのだ。

 彼をつらい目に合わせたのは自分だと思わざるを得なかった。



もうひとつ、18時に更新します。



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