十月初めの準夜勤務
「なっちゃん、大丈夫?痛い?」おろおろと落ち着かない母親は暖かい病室にいるにもかかわらず、着てきたカーディガンを女の子にかける。八歳の女の子は虫垂炎で緊急入院となった。発熱と吐き気の症状があり、一日休んでいたが、徐々に腹痛が出現、夜になって救急外来を受診し、緊急手術目的にて外来から病棟にやってきた。平原は病室に案内し、にこやかに対応している。佐倉はその母親の様子を眺めていた。佐倉の視線に気づいたのか平原は佐倉を呼ぶ。
「ちょっと、点滴入れるの手伝ってくれる?」下半身は母親が、佐倉は針を刺す左腕をしっかりと押さえた。チクッとするよと平原は声をかけ、柔らかな腕に針を当てる。そのとき、母親はまるで自分の腕に痛みがあるようにぎゅっと顔をしかめていた。佐倉はその母親からしばらく目を離せなかった。
無事に手術を終えて眠る女の子の横で母親はその手を握ったまま、ベッドにもたれかかり眠っていた。
深夜勤務に申し送りを終えて、仕事を終わらせると、時刻は午前2時近くになっていた。
休憩室に佐倉がはいると平原はお疲れとふうっと息を吐いて、長い髪を手で解きほぐしている。
「佐倉ちゃんさ、高井のこと信じてあげなよ」
「え?」
「その荷物を高井に一緒に持ってもらいな」
「平原さん……」
「あいつ、見た目細いし、よく喋るし、ノリ軽いし。けど、けっこういいやつだし、そんなにヤワじゃないと思うよ」
何のことですか?そう言ってしらばっくれて、お疲れ様でしたと言って、休憩室を出て行けばいいとそうわかっていたけれど、言葉になって出てきたのは全く違う言葉だった。
「荷物の中……、どろどろしていて、とても臭くて、私も見たくないくらいひどいモノがつまってるんですよ」
「うーん、母親との確執ってとこかしら?」指に髪をくるくる巻きつけながら首をかしげる。佐倉は顔を上げて、平原をまっすぐ見つめると、平原の大きな目とぶつかり、形のいい唇の口角がきゅっと上がった。
「それくらいわかるよ。もう、外科で四年も一緒だし。佐倉ちゃんって顔に出るし、言葉はそんなに多くないけど、わかりやすいって。私に話すことないし、もちろん、私に聞かせてくれるなら、力になるよ。でも、高井に恨まれそうだから、高井にしといたほうがいいかな。まぁ、余計なお世話だけど」平原はお疲れ様と言い、休憩室を出て行った。
高井を信じてみたら、その平原の言葉はとても魅力的でその言葉を素通りできない。だけれど、それはきっと高井を傷付けてしまう。
外に出ると、星が微かに光り、冷たい風が首もとをすり抜ける、うつむいた彼のうなじが眼に浮かび、ため息がこぼれた。
本日、15時と18時に更新します。




