真夏の準夜勤務
ゆっくりでいいと思っていた。あせることは何も無いと思っていたけれど、それは間違っていたのかもしれない。
もう、何度も誘いのメールを入れても、断られる。あげくあからさまにうそと思われる内容になった。本気にはしていないが、見舞いをドアにおいておく。
ほんの半年前までは、一人で過ごす時間をもっと有効に使えていた。一人でいると佐倉のことが頭をよぎってしまう。以前は足繁く通った喫茶店に最近また、通うようになった。
小さくジャズの流れる店内は時間がゆっくりと流れる。天井の梁、漆喰の壁、コーヒーの香り、喧騒からはなれた静かな雰囲気。夏の強い日差しでさえ、ここから眺めると穏やかに感じる。読みかけの文庫本を片手に、ぼんやりと過ごす。
メールの着信音が鞄の中から聞こえる。
<みーちゃん、お手ができました>
父親は定年と同時に実家にやってきた犬の写真を携帯に収め、定期的に送ってくる。ほかにメールを送る人がいないとわかっているので、適当に返事をするが、もう少し写真の腕が上がらないものかと思う。いつもぶれて、少しずつ大きくなっているのは、なんとかわかるが、肝心の犬の顔がよくわからない。茶色い毛並みと長い耳、種類の判別も難しかった。今度、実家でこの犬の品種を確認しよう。
休憩室で仕事の前にメールの確認をする、思わずため息がこぼれる。
「何?高井君。悩ましげじゃない?」休憩室に入ってきた平原はニヤニヤしている。
「なんでもないっすよ」
「なんでもないって、感じじゃないよ。何?佐倉ちゃんに振られちゃったの?」
「振られてませんから」付き合ってもないのだから、振られようがない。
「もぅ、ほんとに二人ともわかりやすくて、見てて飽きないわ。ほんとに楽しい」
「……なんすかそれ?」平原の言葉に引っかかり、言葉が出ない。
「あぁ、高井君ね。佐倉ちゃんのこと見すぎだから。もう、バレバレだから。みんなで温かく見守ってるんだから、がんばってよね。ほんとに佐倉ちゃんもいい感じになってきたし。ほんわかって?……なのに、ホントに丸野はいらないことするんだから」
「丸野がなんかしたんですか?」いろいろと突っ込みたかったが、最後が一番、引っかかる。
「佐倉ちゃんになんか言ったみたい」
「なんかって、なんっすかね?」これが断られる理由なんだろうか?
「わかんない。佐倉ちゃんから何か聞いてないの?聞いてないいよねぇ、最近、二人ともちょっとよそよそしいし」
「平原さん、からかうの止めてくださいよ。ほんとに」何がなんだかわからない上に平原にからかわれて、ため息まじりにつぶやく。
「ねぇ、高井ってさ。佐倉ちゃんのこと、好きなんだよね?」じっと高井を見つめる目はいつになく真剣だった。
「そうっすよ」高井もそれに答えることにした。
「佐倉ちゃんって、なんかね。重たい荷物を持ってるのよ。それを一生懸命、背負って歩いてるわけ。見てて、ちょっとつらくなるくらい。でも、佐倉ちゃんはそんなの持ってません、重くありませんって言うのよね。高井さ、持ってあげてよ」
「平原さん、俺だって持ちたいっすよ。持たしてもらえないんすよ。まだ、信用できないんでしょ。まぁ、ぼちぼちやりますよ」やっぱり、急ぐことでもない、急いではうまくいかない。待つ以外、何ができるのだろうか。
更新は明日の12時を予定しております。




