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七月上旬の準夜勤務

 いつになく落ち着いた病棟でパソコンに向かっていると、西口がふらりとやってきて、佐倉の隣のパソコンに向かった。

「佐倉さ、この前、丸野を呼び出して、泣かしたらしいな」ぼそぼそと隣の佐倉にしか聞こえないくらい声をひそめて言う。

「ほんとにやめてくださいよ。なんなんですか?ほんとに。反対だし」そうなるだろうと予想はしていたが、思った以上に気分が悪い。

「丸野に呼び出されて、何か言われた?」パソコンから目を離すことなく西口は言う。

「……」

「高井のことだろ。高井さんが好きです!とか?」口元をゆがませる。

「全然、笑えません。しかも遠くはありませんが、近くもありません。笑えない冗談は楽しくないですね」

「丸野ほど、直球投げるつもりはないけど、やっぱり不思議ではあるな」

「不思議?」

「佐倉が高井とくっつかないこと」返す言葉が見つからないでいると、西口はため息混じりに続ける。

「笑えるくらい頭が回って、仕事も速いくせに、色恋は全くだめって。ちょっとビビリ過ぎだろう?何かあるのか?」ゆっくりとパソコンから目を離し、佐倉をまっすぐに見つめる。

「もう、……誰も傷つけたくないんですよ」思わずこぼれ出てしまった。

 何かを言いかけた西口の言葉をさえぎるように、ナースコールが響いた。コールを止め、患者のもとに急ぐ廊下で、もうこれ以上近づいてはいけないと思った。



 四週に八日間の休みがある。部屋で本を読んだり、借りてきたDVDを見たり、たまった家事を片付けたりして過ごす。ほんの半年前まではこれが当たり前だった。物足りなさから、目をそらして見ないようにしていても、ため息がこぼれる。

 テーブルの上の携帯がぶるぶると震えて、メールの着信を知らせる。


<飲みに行こうぜ、沖の太夫で19時>


 もう、これで何度目になるのだろう。断りのメールを入れても、定期的に高井は誘いのメールをくれる。病棟で顔を合わせるが二人きりにならないよう気をつけている。近頃は一緒の夜勤も少ない。高井に話したいこともある、聞きたいこともある。手放した時間がどんなに生活を潤わせていたのかと痛感する。


<お腹が痛いから無理>


 小学生でも、もっとましなうそをつくだろうけど、ほかに思いつかない。何もする気になれず、ごろごろとベッドに寝そべって、うとうとしていた。


 インターフォンが鳴る。うつうつとまどろみの中にいて、体が動かない。ドアに何かがガザガザとかけられる音がして、足音が遠ざかっていくのを聞いているうちに、目が冴えてきた。十分に時間がたってから、ドアをそっと開ける。ドアノブにはレジ袋がかけられ、その中にはレトルトのおかゆと甘いビスケットが入っていた。

「高井……」思わず口にした声には、驚くほど甘さがにじんでいた。

 湯煎で温めたレトルトのパウチをあけて、お皿におかゆを移す。ふんわりとあがる湯気、口に含むとさらさらと甘い。冷ご飯から作るおかゆとは全く違う。

 体調が悪いときにはこんなおかゆを高井は食べるのだろうか。佐倉には経験のないことだった。

 体調が悪くて眠っていてもあの人は気にかけることはなかった。これ以上思い出すととめどなくあふれてきてしまう。

 頭を軽く振り、大丈夫、大丈夫と言い聞かせ、キッチンに行き、換気扇を回す。少し震える手でライターを握るけれど、うまく火を付けることができない。佐倉はガスコンロのコックをひねり、タバコに火をつけた。ジジジと音がして、嫌なにおいがする。少し前髪を焦がしてしまった。

 外は雨が降っているのだろうか。いつもは聞こえない踏み切りの警告音が、かすかに聞こえていた。



17日の15時に更新予定です。

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