七月上旬の日勤終了後
梅雨が明け、照りつける太陽は夕方になってもまだ、衰えない。
佐倉は日勤を終え、駐車場に向かう。それを待っていたらしい丸野が走りよってきて、ひざ上のスカートを握り締めて話しかけてきた。
「佐倉さん、ちょっといいですか?」佐倉の顔を見ずに、左下のほうに視線をずらし、口を一文字に結んでいる。
「うんいいよ、何かな?」断られることなど考えてもいないだろう丸野に他にかける言葉はみあたらない。
「ここじゃちょっと」下を向いたまま、言葉を濁す。
「じゃ、どこかお茶でも飲めるところ移動しようか?私の車でよかったら乗って」さっと助手席に乗り込んだ丸野は固まって動かない。
「どこでもいい?」佐倉の問いかけに、丸野はこくんと首を動かした。
佐倉はチェーン店のコーヒーショップに入った。コーヒーを片手にカウチに腰をおろすと、丸野の大きな瞳が潤み、ポタポタと涙をこぼし始めた。
佐倉は私が泣かせたことになるのだろうとため息混じりに思い、丸野のペールグリーンのカットソーが涙を含んで水玉模様になっているのをぼんやりと見つめながら、涙か止まるのを待っていた。
「たっ、高井さんが、可哀相です。佐倉さんはどういうつもりなんですか?」止まりきらないうちに話し始めた丸野は声を詰まらせている。
「ごめん、意味がわからないんだけど?」
「佐倉さんは高井さんのことをどうおもってるんですか?」
「え?」
「高井さんは佐倉さんのこと好きなんですよ!」
「はぁ?根拠は?高井がそう言ってたの?」
「言ってませんけど、そんなの見てたらわかります!」丸野の声が大きくなってきた。
「それは丸野の勘違いだよ。だって高井には彼女がいるみたいだし。私はただの同期だから」
「佐倉さん、それ本気で言ってるんですか?」まだ涙で潤んでいる大きな瞳にまっすぐ見つめられる。佐倉は思わずたじろぐ。
佐倉は改めて丸野のことが苦手だと思った。周りの人たちに守られ優しくされることを、何の疑いもなく何のためらいも無く、当然とそれを受けられる。きっと分かり合えることはないだろうし、わかってもらおうとも思ってはいない。しかし、正面からぶつかってくるまっすぐなおせっかいを叩き潰してしまいたくなる。けれども、丸野にすべてをぶちまけても、どんなに言葉を尽くしても、きっとかすり傷ひとつ、負わせることはできないだろう。これが愛されて育った強さだろうと思う。
零れ落ちる涙、それを拭う手元、栗色の髪はふんわりとゆるやかなウエーブを描いて細い肩に落ちる。高井が可哀想だと、丸野は繰り返す。
「私にどうしてほしいの?」存在するだけで、丸野や高井を傷つけているのだろうか。丸野は佐倉に泡のように消えてなくなれとでも言うのだろうか。
「どうしてそんなことを言うんですか?」そんな言葉をかけたつもりは無いが丸野はひどく傷ついたようで、肩を震わせて泣き始めた。もうこの場にいる意味がない。佐倉はほとんど手をつけていないコーヒーを手に持ち、立ち上がり「帰るわ」と声をかけ、店を後にした。丸野はきっと優しい誰かに迎えに来てもらうに違いない。
佐倉はタバコが吸いたかった。けれど、タバコを持ち歩かない。いつからともなく吸い始めたタバコはキッチンの換気扇の下で、一人きりで吸っていた。佐倉は唇から白煙が吐かれるのを誰にも見せたことは無かった。
15時にもうひとつ、更新します。




