梅雨空の日勤
高井はいつの間にか、その姿から目を離せなくなった。白衣を着て、ぴんと背筋を伸ばし、ニコニコと微笑む佐倉。
「体を拭いて、着替えますね」
佐倉は微笑を浮かべ、小さな口から温かな言葉をかける。しっとりと冷たい腕を拭き、骨ばかりが目立つ薄い背を拭く。もう決して答えはしないとわかっているにもかかわらず、ひとつひとつに声をかける。くたびれたスラックスを履かせ、よれたシャツを着せ、骨ばった足先に靴下を履かせるときの佐倉の細い手首も白い手も、その身体を労るように優しい。丁寧に頬紅を乗せ、すべてを終えた佐倉はゆっくりと手を合わせる。
「お疲れ様でした」
こんなにやさしい処置を高井は見たことがなった。佐倉はその体が冷たくても、温かくても、何も変わらない。高井は、そうあるべきだとわかっていた。しかし、自分が全く、できていなかったことを思った。
詰め所に戻り佐倉に問う。
「いっつもあんな感じでしてるのか?」
「あんな感じって?私なんかおかしかった?」
「いや、おかしくない。全然、全く」
「なら、よかった。もうこの年になると、だれも教えてくれなくなるから、妙なことしてても、誰にも言ってもらえないことっていっぱいあると思う。高井くらいはつっこんでくれないと。そうだ、市役所に電話ってした?」
「処置の前にした。十五時に迎えが来る」
「了解」佐倉は片付けの手を休めることなく話す。
詰所に戻っていく佐倉の細い背中を見つめる。
佐倉は患者を憐れむことをしないと、高井は思った。その患者の背をさすり、その声をただ、じっと聞いている、涙を見せることはない。どうすればいいか、何が一番必要なのか、佐倉はそれを思っているのだろう。でもいつも、うまくは行かない。
佐倉はその日、いつになくいらだっていた。いつもは丸野が泣いていても、見ないふりをしているけれど、
「悪い人は死んでもいいってこと?」佐倉の冷たい声が聞こえてきた。その声に高井は足を向けすにはいられなかった。
「珍しいじゃん、佐倉」高井の顔をみて、はっとした様子で、気まずそうに佐倉はうつむいた。
「看護師が先に泣いてたら、患者さんが泣けないだろう?」丸野もいい加減、気づかなくてはいけないが、まだ時間がかかりそうだ。
「は、はい、泣かないでって慰められてばかりです」丸野は高井の言葉の意味がわからない。
「それじゃあ、だめなんだよ。泣いてる場合じゃないんだよ。つらいもの悲しいのもわかるけど、泣くのは家に帰ってから。仕事中はほかの患者さんにも迷惑をかけてしまうだろう?」
「どうしたの?って心配されてしまいます」
「もうちょっと頭使って、いろんなこと、考えてもいい頃だと思う。丸野は」クシャと顔をゆがませて、丸野はパタパタと走り去っていく。まっすぐに伝えると泣き、遠まわしでは伝わらない。正直で素直すぎることは看護師としては利点とは言えないと高井は思った。
振り返ると佐倉は困ったように笑っていた。
次の更新は明日の12時を予定してます。
じゃんじゃんいきます。




