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6 初めての告白

 ホテルの浴衣と、それ以外に何をお風呂場に持っていくか、ということを、荷物を広げて考え込んでいたら、彼があっという間に出てきてしまった。

 父や弟もお風呂は早かったけれど、彼も早い。男の人って、中であったまったりしないんだろうか。

 慌てて荷物をまとめて、お風呂場に走りこむ。……だって、なんか、お風呂を上がったばかりの彼の浴衣姿がしどけなくて、直視できなかった。

 浴室は、入浴剤の香りで甘い花の匂いがした。鏡を見るのも、窓の外を見るのも怖いので、うつむいていろいろ済ます。

 お化粧も、おもいきって落とした。きっちりメイクする方じゃないけど、お化粧はお化粧で、落とすとやっぱり、地味な顔がよけいに地味になる。

 この素顔を見て、彼の気分が盛り下がってくれないかな、とも、ちょっと考える。それはそれでショックかもしれないけれど、私にとっては、目の前に迫ってきているものの方が、大事(おおごと)だった。

 とにかく、念入りに洗った。それから湯船に入ったけれど、あったまりすぎて汗をかくのが嫌で、ささっと出てしまった。

 少し考えて、栓を抜いた。お湯が抜けるのを待ちつつ着替えて、浴衣の裾を持ち上げながら、さっと浴槽と洗い場を冷たいシャワーで流しておいた。

 洗面所でドライヤーを使って髪の毛を乾かし、でも化粧水は使うのを控える。物によっては苦いのもあるから、……その、なんていうのか、彼がそれを口にすることになったら、いけないと思って。

 全部、するべきことは終わってしまった。

 洗面台の鏡に映った自分を見る。うわー、と思うくらい地味な女が、不安そうに立っていた。こんなのに夢中になる男の人なんかいない、と思う。

 もしかしたら、これで終わりかもしれない。とりあえず、常識的な社会人として、明日は家まで乗せて帰ってもらえるだろうけど、そのまま疎遠になって、何もなかった頃に戻るかもしれない。

 それはそれでしかたないよね、と思う。とりあえず、今は彼から好意は感じている。一晩でそれがなくなってしまうとしたら、それは私の魅力のなさというものだろう。

 私は荷物を胸元にぎゅっと抱えて、部屋へ向かった。


 彼はベッドに腰かけてテレビを見ていた。

 ベッドはダブルベッド。大きいそれが、部屋の真ん中にどーんとあって、緑系の素敵なファブリックで包まれている。

 彼はテレビを消して、入り口で立ち止まった私に手をさしだした。おいで、ということだろう。私は荷物を自分の荷物置き場に置いてから、彼のところまで行って、前に立った。

 目は合わせられなかった。彼のどこを見ていいのかもわからなかった。うろうろとお布団のカバーの模様を追った。

 彼の手が伸びてくる。両の腕を引かれて、引かれるままに、彼の膝の上に腰をおろした。

 そうすると、彼が私なんかより、ずっと大きいのがわかった。身長だけじゃなくて、私だって平均の身長も体重もあるのに、その体をすっぽりと包んでしまう、骨格や筋肉。男の人の体だと、ひどく意識された。

 匂いもそう。同じ石鹸やシャンプーを使ったはずなのに、甘くない、どきりとするものが鼻腔をくすぐる。

 動けない力で抱き締められて、なにが始まるんだろうと、緊張する。でも、こうされるのは、不思議と安心もした。ああ、守られている、と感じる。ここは安全なのだと。心ではなく、体から、そう感じた。

 頭をかき抱かれ、キスされた。優しく何度もついばまれて、リップ音が響く。やがて頬擦りされて、かすれたささやき声が聞こえた。

「俺の、ものだ」

 それは、違う、と咄嗟に思った。私は私のもので、他の誰のものにもならない、と。

 だけど、黙っていた。この雰囲気を壊してしまってはいけないと思ったから。

「藍子」

 呼ばれる。初めて、呼び捨てで。目を開ければ、すごく近くで、彼に覗きこまれていた。

「好きだよ」

 とても、とても熱い声だった。その熱さにも、言葉の意味にもびっくりして、息を呑む。

 心臓が全力疾走しだす。彼のまなざしに耐えきれなくなって、彼の首元に顔を伏せながら、小さく頷く。

 私は彼の浴衣にすがって、乱されて体の中で荒れ狂うものにどうしていいかわからず、じっとしているほかなかった。

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