雨降る世界のこちらから
武 頼庵(藤谷 K介)様の【みずに纏わる物語企画】参加作品となります。
企画、運営して頂き、ありがとうございます。
夏だと言うのに、雨のせいで肌寒くて。半袖のポロシャツから伸びる腕に、僅かに浮き出る鳥肌。
小さな抵抗で、両腕を手で摩る。
可愛くないけれど、スカートの下に体操着を着ていた友人の気持ちが理解出来てしまう。
「先輩……いますか?」
校舎の三階。端の小さな教室に割り当てられた生徒会室。
そこには、いつもの定位置に座っている三年の先輩。
優しくて、つい頼ってしまう雰囲気。私も生徒会長という肩書が着けば、先輩みたいになれるのだろうか──なんて淡い期待なんかして。
「あれ……どうしたの。今日、生徒会は休みって連絡した気がしたけど」
「先輩だって生徒会室に来てるじゃないですか」
先輩が座る、斜め前。私の定位置に腰かける。
先輩は雨降る窓の向こう側を見続け、私はその横顔を眺める。窓に雨が打ち付ける音と、エアコンの僅かな機械音。
静寂に近い生徒会室の中で、私から先輩に話しかける。
「先輩。私……気持ち、伝えてこようかと思います」
そう口にした瞬間、取り返しのつかない事を、選択肢を間違えたような気がした。
言うべきだったのは、違う言葉だったのではないか。
しかし、吐いた言葉は取り消せず。
「君が、ずっと話してくれてた『先輩』に、ってことだよね」
窓から視線を外し、私へと向けた先輩の表情はどこか辛そうで。
いつもの私なら、無遠慮にその理由を問いただしていたはずなのに。今日の私の口は開くことを拒み。唾を飲み込む回数だけが増えていく。
「はい! 今まで、相談乗って下さってありがとうございました」
先輩へと頭を下げる。
そうやって、一歩、また一歩、告白へのカウントダウンが近付いていくと胸が苦しくなる。
緊張、だろうか。いや、そんな純粋な痛みじゃない。
「ははっ。これで君の『自慢話』も聞かなくてよくなるのかな?」
「いえ! 明日からは『惚気話』に付き合ってください!」
何故だろう。
明日。この時間に、この生徒会室に、先輩の姿はない気がした。
私の表面はいつも通りなのに。心の内が警告を鳴らす。
後悔。そして、自責の感情。
「せ、先輩──」
何か言わないと。何か……何を?
自分の気持ちにすら答えが出せず、まるで金魚のように、開いては閉じるだけの情けない私の口。
「告白、頑張ってね」
先輩が応援してくれる。
嬉しいはずなのに。私の心は、その声援を拒絶する。
「成功することを僕も陰ながら応援してるよ」
背中を押さないで下さい。
私の心が、嫌だ嫌だ、とまるで子供のように。
「先輩! 行ってきます!」
生徒会室への滞在時間なんて、たったの三十分。でも、授業の三十分とは違って一瞬で過ぎ去ってしまって。
窓際から、部屋を出ていく私を見送る先輩。
先輩の表情を、正面から見る機会はもうない気がする。そんな、根拠もない予想。
私は生徒会室の扉を静かに閉める。
廊下では、遠くから生徒の笑い声が聞こえ、生徒会室より圧倒的に賑やかなはずなのに。冷たさが身体を覆う。
重い足取り。
告白へのプレッシャーか。
いや、足が重い訳ではなくて──引かれる後ろ髪から目を逸らし、私は『先輩』と約束した場所へと向かう。
***
大雨。
一世一代の告白は、蓋を開けてみればあっけなく成功し。そのはずなのに、私の心は、目の前に広がる景色の様で。
「人、多いので少し先で待ってますね」
関係が彼氏となった人へと声を掛ける。ずっと好きだった人。そのはずなのに。
色とりどりのマーブル模様の傘。妹からプレゼントしてもらった私の宝物。高校生にしては可愛い過ぎるその傘を開き、雨降る外へ。
そう言えば、先輩にも、この傘を可愛いと言ってもらったことがあったな──なんて思いながら校舎へと振り返る。
校舎の三階。端の小さな教室に割り当てられた生徒会室。
そこには、窓際で外を眺める先輩のシルエットが見えて。
『可愛い傘だね』
いつだったか、そう笑ってくれた先輩の声を思い出す。
今日だって、最後まで私の背中を押してくれた。
なのに。
「あぁ……そっか」
始まりは、恋愛相談。生徒会の仕事も相まって、先輩との時間は増えて。
私は、私の気付かぬうちに。好きな人を言い訳に、先輩との時間を増やして。
ずっと……ずっと前から私は──。
「ごめん、お待たせ。帰ろっか」
緑色の傘を持った彼氏。そんな、記号のような人を前に、私は表情だけでも笑顔を向ける。
「はい。早く、帰りましょ」
後から気付いてしまった後悔から目を逸らすように、私は学校を後にする。
【雨降る窓の向こう側】も併せて読んで頂ければ幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




