地味な侯爵令嬢は「白馬の王子」に憧れているそうです
ありま氷炎様主催の「第十一回春節企画」参加作品です。
「ううむ」
伯爵令息のアーロンは思わず声を出した。
貴族学校の大図書室。その大きな柱の陰からこっそりと前方を窺っている一人の男性。あれはまごうことなき自分の主君、第四王子のシリルだ。
そして、シリルの視線の先にいるのは侯爵令嬢のクラリッサ。読んでいる本に夢中でシリルの視線にはまるで気づいていない。
(やはりですか。殿下)
◇◇◇
アーロンは伯爵令息と言っても、もともと孤児。他の人間が思いつかない突飛でもない発想をするところを買われて、伯爵家の養子となった。伯爵の実子である義兄がおり、アーロンも伯爵家に対して感謝の気持ちこそあれ、継承する気は毛頭ない。
そんなこともあり、アーロンの将来を考えた伯爵が第四王子のシリルの従者にしてもらったのである。
シリルもまた庶子の第四王子であり、将来的には臣籍降下して、適当な地に封じられると見られている。そのためシリルはあまり欲もなく、突飛でもない発想をするにもかかわらずアーロンを頼りにもしている。
新興の小さな貴族家の執事。それがアーロンの将来像だったのだが……
◇◇◇
小さな波乱が起きた。本当に小さな波乱だった。
シリルが侯爵令嬢のクラリッサに惚れ込んだのである。それまでそんなことは面倒くさいと社交デビューも後回しにしてきたシリルには劇的な変化であった。
それ自体も実は大した問題ではない。クラリッサもまた侯爵令嬢とはいえ、三女。兄も姉もいて、侯爵夫妻も本好きであまり社交を好まないクラリッサを外交の駒にしようとは思っていない。
「まあ末娘だし。好きにさせとこう」
それが侯爵夫妻の気持ちだった。
つまり、シリルがクラリッサと婚約したいと国王を通じ、侯爵家に申し入れをすれば、むしろ侯爵家は渡りに船と乗ってくるような話なのだ。
だからアーロンもシリルにこう言った。
「殿下。そこまでクラリッサ嬢がお好きならば、陛下を通じて、侯爵家に婚約の打診をされたらどうです?」
これに対するシリルの反応は凄まじかった。
「何を言うかっ! アーロンッ! そんなことをして、クラリッサに嫌われたらどうするっ? えっ? 責任取ってくれるのかっ?」
「うぐぐぐ、殿下。胸倉をつかむのはおやめください。いくら王子でも貴族学校で伯爵令息を絞め殺したとなるとただではすみません」
「そ、そうか」
その言葉に胸倉をつかむ手を緩めるシリル。
息を整えたアーロンは改めてシリルに問いかける。
「で、殿下としてはこれからどうされたいので?」
「そ、それはだなあ」
下を向いてもじもじ。右手の指で自分の太ももにしきりとのの字を書くシリル。
「そりゃあもうクラリッサと結婚出来て、自分の住む家にクラリッサがいて、静かにたたずんで微笑してくれたりしたら最高だ。しかしっ!」
「しかし?」
「それをやろうとしてクラリッサに嫌われたら哀しい。哀しさのあまり私は死んでしまう。想像するだに恐ろしい。そうなるくらいならただ図書室の柱の陰から可愛らしいクラリッサを見守っていられれば」
(ああ)
アーロンは合点がいった。
(これは『ヘタレ』だ)
(しかしこれで殿下に本当に死なれると新興貴族家の執事という自分の将来設計も狂う。ここは何とかせねば)
アーロンは考えた。今こそ前世の記憶がある転生者としての知識を生かす時だ。
「よろしいですか。殿下。今のあなたは……」
◇◇◇
「何だ?」
クラリッサに嫌われるという想像だけで涙ぐんでいるシリルは顔を上げた。
「私の前世の知識で言うところの『ヘタレ敗戦の方程式』に陥っています」
「何だ? それは」
「嫌われるのが怖いと言って、一歩を踏み出せないでいるうちに意中の人が誰かと結婚してしまい、それをただ泣いて後悔するというやつです」
「何だと!」
シリルは再びアーロンの胸倉をつかんだ。
「クラリッサと結婚したがっている奴がいる? それはどこのどいつだっ? ぶっ殺してやるっ! まさかアーロン。おまえというのではないだろうな」
「うぐぐぐ。だから胸倉をつかむのはおやめください。私は神に誓ってクラリッサ嬢に懸想していません。そして、他に懸想している者がいるという情報も入っていません」
「そ、そうか」
シリルは再び胸倉をつかむ手を緩める。
「しかし、アーロン。正直、自分でも情けない話とは分かっているのだが、どうしたらいいか分からん。こんな気持ちは初めてなんだ」
(ふうむ)
アーロンは考え込む。今こそ前世で山ほど読んだラノベ、漫画の知識を生かす時だ。
「殿下。それならば」
◇◇◇
「何だ? 何かいいアイデアがあるのか」
「こちらから言いづらいなら、殿下がクラリッサ嬢にとって魅力的な人間になって、彼女の前で行動するのはどうでしょう? 向こうから殿下から惹かれるような」
「むうう。妙案のような気もするが、そう上手い具合にいくかな?」
「このまま行動しないでいるよりはるかにましです。私の方でクラリッサ嬢の侍女や友人にそれとなく探りを入れ、彼女の理想の男性像を突き止めます。殿下はその上でそういう男性になるのです」
「うっ、ううむ」
ヘタレシリルはなおも尻込みしていたが、アーロンの言う通り、何もせずにいて、クラリッサを他の者に取られるのはもっと嫌だ。なのでアーロンの提案に乗ってみることにした。
◇◇◇
「殿下。分かりました。クラリッサ嬢の理想の男性は『白馬の王子』です」
「『白馬の王子』? 何だそれは?」
シリルの疑問はもっともだ。転生前の世界と違い、この世界では「白馬」の評価は高くない。そもそも「白馬」ではなく「芦毛」と呼ばれている。そして、「芦毛」の馬は脚力に劣ると評価されているのだ。
「殿下。ご存じないのは無理ありません。『白馬の王子』が憧れの対象であるのは私のいた前世の世界での考え方です。思うにクラリッサ嬢も転生者ではないかと」
「クラリッサが転生者であろうがなかろうが、僕の一途な思いは変わりはせぬぞっ! アーロンッ!」
「ご立派です。殿下。ともかくクラリッサ嬢が転生者で、理想の男性が『白馬の王子』とあると分かった今、打つ手はあります。殿下、ここは私にお任せを」
◇◇◇
その日、クラリッサは不穏な空気を感じていた。
見た目が地味な眼鏡令嬢とはいえ、クラリッサも侯爵家の三女。ある時期までは両親である侯爵夫妻もしきりにクラリッサに社交を勧めた。
しかし、頑として本を愛し、社交を拒むクラリッサについに侯爵夫妻も折れた。
「どこかの図書館司書の空きが出たら、そこに就職できるようにする。それまでは好きにしろ」
そう言ったのだ。
だからクラリッサは自由に本を愛する生活を送ってきたのだが、今日に限り侯爵夫妻はかなり強硬な態度に出た。
「クラリッサ。本が好きなのは分かるが、たまには外の風も浴びないと体によくない。どうだ。わしら夫妻と一緒に久しぶりに海岸に行ってみないか」
「そうそう。お天気もいいし、ずっと家にいてはもったいないわよ。侍女に頼んでサンドイッチを作ってもらったの。外で食べるサンドイッチはきっとおいしいわよ」
それでもクラリッサは部屋で本を読みたいと拒んだが、侯爵夫妻は物理的にクラリッサを引っ張った。
「いいから海の風を浴びろ。ずっと家にいるのは体によくない」
「そうそう。お日さまの下もいいものよ」
かくてクラリッサは無理やり馬車に押し込まれ、侯爵夫妻と一緒に海岸にやってきたのだ。
確かに外は好天で、やわらかい海風も心地よい。こういうところで本を読むのも悪くはないかもしれない。
但し、侯爵夫妻の態度は不審さ満点だ。
「うーん。いい天気だなあ。こういう日は何かいいことがありそうだな。うん」
「そうそう。きっといいことがあるわよ。クラリッサ」
(あやしい)
クラリッサがそんな思いでいる中、ついにそのことは起きた。
◇◇◇
パカラパカラパカラパカラ
「むむ。どこからか蹄の音」
「あっちの方からよ」
侯爵夫妻のわざとらしい誘導の下、それは姿を現した。
「シリル評判記。暴れん坊王子」
じゃじゃじゃーん じゃんじゃんじゃん じゃーん
アーロンの拡声魔法をBGMに白馬にまたがったシリルがその姿を現した。この世界では白馬は貴重な存在と思われていないので、王室牧場はアーロンの頼みにあっさり白馬を譲ってくれたのだ。
そのままだとクラリッサと侯爵夫妻の前をあっという間に通り過ぎてしまうので、白馬に乗ったシリルは三人の周りをぐるぐる回りだした。
「すごいぞ。かっこいい。『白馬の王子』だ」
「見て見て、クラリッサ。『白馬の王子』よ。素敵ねえ」
そんな侯爵夫妻の言葉はクラリッサの耳には届いてはいなかった。ただただ茫然とするばかりである。
やがてアーロンによる拡声魔法のBGMが終わるとシリルは馬を止め、その場に立った。
そして、ちょっと顔をうつむけたが、意を決したように顔を上げ、クラリッサを見ると言った。
「はじめましてクラリッサ嬢。私はこの国の第四王子シリル。あなたが『白馬の王子』が好きであるとお聞きし、このような形でお会いさせていただきました。どうか私とお付き合いしていただけないでしょうか?」
言い終わるとともに右手を差し出すシリル。
「うう。クラリッサにこんな日がくるなんて」
「堪え難きを堪え、忍び難きを忍んだ甲斐がありましたわ」
感涙にむせぶ侯爵夫妻。
(殿下。よくぞここまで。ヘタレ卒業にあと一歩ですぞ)
固唾を飲んで見守るアーロン。
そんなアーロンに声がかかった。
「あなたですか? 今回、この演出をしたのは? あなたも転生者ですね」
◇◇◇
声の主はもちろんクラリッサだ。アーロンは真っ青になった。
「そ、そのようなことはありませんよ。今回のことは全て殿下がお決めになられたことです」
「転生者以外の人は『白馬の王子』のことは知りません。『白馬の王子』の演出をするのは転生者だけ。まさか『時代劇』にしてくるとは思いませんでしたが」
(くっ)
アーロンに緊張が走る。しかしやっとここまできたのだ。ここで話をつぶしたくない。ここを乗り切るには。
「いかにも私も転生者です。『白馬の王子』の演出は確かにしました」
黙ってうなずくクラリッサ。
「クラリッサ嬢。『白馬の王子』の演出は確かに私がしました。但し、それはあなたが『白馬の王子』が好きだと知った殿下が望んだことです。そして、信じられないかもしれませんが、殿下は最近まで乗馬が出来ませんでした。この日のために特訓を積んだのです」
アーロンの言葉にクラリッサはシリルの方に向き直る。
「殿下。あなたのお気持ちはありがたいです。でも、私は何より本を読むことを大事にする女。見てくれは冴えませんし、社交も苦手です。それでもよいならお付き合いをお願いします」
シリルはいったん引っ込めた右手を再度差し出す。
「もちろん。私はね、図書室で本を読むあなたに惹かれたんです。これからもどんどん本を読んでください」
ここに至りクラリッサはシリルの手を握り返した。
「「うおーんおんおん」」
感涙から号泣に移行した侯爵夫妻。
(ふう。何とか丸く収まってよかった。だけど殿下もクラリッサ嬢も個性派だからな。暴走しないよう制御しないと)
ホッと一息つくアーロン。シリルとクラリッサのことを心配しているようだが、自分が「白馬の王子」を時代劇に変換したことについては全く問題視していなかった。
◇◇◇
数年後、クラリッサと結婚したシリルは臣籍降下。辺境伯として封じられた。シリル・クラリッサ夫妻を経験値が不足していると懸念する声もあったが、二人とも冷静に外部の声を聞く力を持ち、なおかつクラリッサには膨大な読書量を土台とした知識があった。
そのため領地経営は非常に順調にいったのだが、やはりこの男の存在を忘れてはなるまい。
その男は今日も厩舎にいた。その男はこの辺境伯家の執事である。本来馬の世話は執事の仕事ではない。だがこの場合は仕方なかった。何故か「ヨシムネ」と命名された白馬は、シリルを馬上に乗せても、世話はその男にしか懐かないのだから。
「ほーれ。メシだぞ。ヨシムネ」
「ヒヒーン」
かくてアーロンは今日もヨシムネに給餌をするのである。
読んでいただきありがとうございます。




