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  作者: しゅう


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自由落下1

世界は、平坦であればあるほど美しい。

それが、僕——佐藤さとうカズキの揺るぎない信念だった。

カレンダーは十月の半ばを指している。窓の外では、少しずつ鋭さを増してきた秋の風が、色づき始めた街路樹の葉を揺らしている。高く澄み渡った秋の空。世間一般では「行楽日和」だの「天高く馬肥ゆる秋」だのと持て囃される季節だが、僕にとっての秋は、一年で最も警戒レベルを引き上げなければならない受難の季節だ。

なぜなら、秋の空はあまりにも「高い」からだ。

湿度が下がり、空気が澄み渡るこの季節、視界の透明度は残酷なまでに上昇する。夏の湿った空気が隠してくれていた「距離感」が、秋の澄明な光によって剥き出しになる。見上げれば、吸い込まれるような群青の虚空がどこまでも続き、雲一つないその広大さは、僕に「自分がいかに頼りない地面の上に立っているか」を突きつけてくる。

だから僕は、秋が来るといつも以上に視線を下に向ける。僕にとっての正解は、いつだってコンクリートの割れ目や、乾燥して丸まった落ち葉のディテールにあるのだ。

僕の人生における「安全圏」は、海抜ゼロメートルから、せいぜい地上三メートルまでの範囲に限定されている。


住んでいるアパートは、当然ながら一階の角部屋だ。築年数は古いが、僕にとっては「地面に近い」ということこそが最大の資産だった。内見の際、不動産屋の若い男は、親切心からかこんな提案をしてきた。

「佐藤さん、あちらの二階の部屋も空いていますよ。家賃は三千円しか変わりませんし、防犯面も日当たりも格段に良いです。南向きで遮るものがないので、景色も最高ですよ」

僕はその時、不動産屋の目をじっと見て、こう答えた。

「泥棒に窓を破られるリスクは、鍵を増やせば対策できます。日当たりが悪いのは、照明を明るくすれば解決します。ですが、ベランダから下を見下ろした時に、脳の芯が痺れ、胃が裏返るようなあの『落下の予感』だけは、どんな工夫をしても解決できないんです。景色が良い? それはつまり、落ちる余地がたくさんあるという意味ですよね。僕にとっては、窓の外に隣の家のコンクリート壁が迫っている今の部屋の方が、よほど精神衛生上よろしいんです」

男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、やがて「……はぁ、左様でございますか」と力なく笑った。それ以来、僕は「一階の住人」という称号を誇りを持って維持している。

この部屋の窓の外には、錆びついた鉄製のフェンスが立っている。普通なら「景観の邪魔だ」と疎まれる代物だが、僕にとってはこれこそが聖域の境界線だ。もし万が一、世界中の重力が狂って僕が窓の外へ放り出されたとしても、このフェンスが僕を地上数センチの場所に留めてくれる。そんな妄想に近い安堵感を得るために、僕は毎朝、フェンスのボルトが緩んでいないか指で触れて確認するのが日課となっていた。

僕の高所恐怖症は、単なる「苦手」というレベルをとうに通り越している。それは生存本能に深く刻まれた、一種の宗教的な禁忌に近い。


例えば「靴」だ。僕の靴棚には、厚底のブーツやクッション性の高いランニングシューズは一足もない。すべてはソールが薄く、地面の感触をダイレクトに足の裏へ伝えてくれるタイプのものばかりだ。

以前、スポーツ用品店で店員に「この最新の厚底シューズなら、雲の上を歩くような感覚ですよ」と勧められたことがある。僕はその場で靴を突き返した。「僕は地面を歩きたいんです。雲の上なんて、正気の沙汰じゃない」と言い捨てて。数センチでも地面から遠ざかることは、僕にとって浮遊への第一歩であり、制御不能な領域への越境を意味する。流行の厚底スニーカーを履いて闊歩する若者たちを見るたびに、僕は「よくあんな不安定な竹馬の上で、地面からのメッセージを無視して正気を保っていられるな」と戦慄するのだ。


日常の移動も、僕にとっては命がけのミッションだ。

駅のエスカレーター。これは僕にとっての「動く断崖」だ。乗る時は必ず手すりを両手で掴み、視線は真下、自分の靴のつま先か、あるいは一段前のステップの溝だけを見つめる。決して横を向いてはいけないし、ましてや後ろを振り返って「自分がどれだけ登ったか」を確認するなど、自殺行為に等しい。視界の端に吹き抜けの空間が入り込もうものなら、膝が笑い出し、心臓が肋骨を突き破らんばかりに暴れだす。


さらに厄介なのが「歩道橋」だ。

幹線道路を横切るために設置されたあの鉄の塊は、僕にとっては「三途の川の橋」と同義だ。欄干が腰の高さまでしかないような旧式の歩道橋などは、設計者の殺意すら感じる。だから僕は、たとえ目的地が目の前であっても、歩道橋があれば迷わず数百メートル離れた平地の横断歩道まで迂回する。

「五分の手間を惜しんで、一生の後悔(落下)をする必要はない」

これが僕の鉄の掟だ。友人に「過保護すぎるだろ、自分のこと」と笑われても、僕は揺るがない。

「空なんて、鳥と変態に任せておけばいい」

それが僕の口癖だ。人間には羽がない。羽がないということは、地面に這いつくばっていろという自然界からのメッセージだ。そのメッセージを無視して鉄の塊を空に飛ばしたり、布切れ一枚で空から降りてきたりする連中は、僕に言わせれば生物学的な異常者である。


そんな偏屈な僕をさらに追い詰めるのは、たまに見てしまう「悪夢」だ。

夢の中で、僕はふとした瞬間に体がふわりと浮き上がってしまう。どれだけ必死に地面を掴もうとしても、重力が僕を裏切り、僕は空へと「落下」していくのだ。上下が逆転した世界で、空という名の深淵に吸い込まれていく恐怖。目が覚めた時、僕はいつも一階のフローリングにしがみつき、自分がまだ「高さ」を持っていないことを確認して、安堵の涙を流す。


三十歳、独身。もちろん恋人もいない。

以前付き合っていた女性とは、ことあるごとに衝突した。「夜景の綺麗なレストラン」に行きたいという彼女の要望を、僕が「あそこは床が抜ける可能性があるし、そもそも重力に喧嘩を売っている」と却下し続けたのが原因だ。結局、代案として地下三階にある、窓一つない洞窟のような居酒屋に連れて行った結果、正式に振られた。彼女は去り際に「あなたといると、地面に埋められてるみたいで息ができない」と言った。僕にとっては「地に足がついた、これ以上ない安定感のある男」という最大級の褒め言葉だったのだが、世間一般ではそうではないらしい。

「カズキ、お前、またそんな端っこで縮こまってるのか」

会社の昼休み、同僚のタケシが声をかけてきた。タケシは僕の数少ない友人であり、同時に最大の理解不能者でもある。彼は週末になれば、わざわざ高い山に登ったり、岩壁に指先一つでぶら下がったり、あるいは命綱一本で谷を飛び越えたりする。

「縮こまってるんじゃない。僕は僕の『安全な世界』を管理しているだけだ。タケシ、お前は怖くないのか? 自分の体が、何の支えもなく空中に投げ出されるかもしれない場所へ、自ら行くなんて」

「いや、それが最高なんだろ。景色が広がるし、風が気持ちいいしさ。お前も一度でいいから、あの『解放感』ってやつを味わってみろよ。人生観変わるぜ」

「人生観が変わる前に人生が終わるよ。僕は、地平線を見ているだけで十分なんだ」

僕の生活は、平坦な道の上を等速度で進む列車のようなものだった。

刺激はないが、危険もない。ドラマはないが、落下の恐怖もない。

秋の夜長、僕は一階の部屋で、地面の感触を背中に感じながら眠りにつく。

明日もまた、僕は一メートルも浮き上がることなく、この安定した地表を這うようにして生きていくのだ。

そう信じて疑わなかった。

あの不吉なほど高い秋空の下で、僕の「水平な人生」を斜め上に跳ね上げ、あろうことか成層圏へと突き飛ばすような、狂った現象が近づいていることなど、この時の僕は微塵も想像していなかった。

読んでいただきありがとうございます。

下の★~★★★★★で評価してもらえると勉強になります。

感想などいただけると嬉しいです。

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