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  作者: しゅう


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内なる声2

 湧き上がった源泉は、もはや私の内側に留めておけるほど大人しいものではなかった。

指先が微かに震えている。それは寒さによる震えでも、未知への怯えによるものでもない。内に溜まった莫大な圧力が、皮膚という境界線を突き破り、外の世界へと溢れ出そうとしている物理的な予兆だ。私は、まるで自身の魂を曝け出すかのように、デスクのライトを最大光量で点灯させた。暗闇に慣れきっていた網膜が鋭い痛みを訴えるが、その刺激さえもが今は心地よい。白く塗り潰された机の上が、私の「神の仕事場」として、今、神聖な意味を持ち始める。

私はペンを握り、あるいはキーボードのキーの一つ一つを、自身の刻印を刻むかのように強く叩く。これまで私を縛り付けていた「上手くやらなければならない」という強迫観念や、「誰かに評価されなければならない」という浅ましい虚栄心は洗い流されて消えた。今、ここにあるのは、ただ「放射したい」という根源的な要求だけだ。私の内側で鳴り響く不協和音を、一つの秩序ある「光」へと変換し、この空虚な空間に投影すること。それが、今の私に課せられた唯一の使命のように感じられた。


「私は、ここにいる。」


声に出してみる。震えていた声は、空気を震わせるたびに強度を増し、部屋の壁に跳ね返って私自身の鼓動と共鳴する。その音波は、一週間分の澱んだ空気を切り裂き、停滞していた運命を動かし始める。

幸せを知らないのは、幸せの呼びかけを理解できない人だけ。

ならば、その呼びかけの正体に触れた私は、受動的な態度を捨て、自らが光の発信源となるべきだ。誰かが用意した物語をただ消費し、消化不良のまま日々を過ごすのはもう終わりだ。自分という複雑な回路を通過し、濾過されたエネルギーを、独自の波長を持った光として世界に焼き付ける。それこそが「生きる」ということであり、私が週末の夜に独り立ち尽くして辿り着いた、唯一無二の反逆の形だ。


 ふと視線を向ければ、窓の外には死んだような都会の夜景が広がっている。無数の街灯、規則正しく明滅するビルの航空障害灯、深夜の国道を這うヘッドライトの列。それらはすべて、誰かの「役割」を遂行するため、あるいは効率的な「消費」を促すための、管理された光だ。しかし、今、この密室から漏れ出そうとしている私の光は、それらとは全く異なる性質を帯びている。それは「ずっと自分であり続ける」という剥き出しの意志の放射であり、情報の海に無価値に埋没することを断固として拒絶する、生命の原始的な狼煙のろしである。

落ちないで飛び続けること。夢見ること、愛することを忘れないこと。

先ほどまで耳元で囁いていた詩の一節が、脳裏で激しく発火する。

夢見るとは、現状という名の緩やかな死に安住しないことだ。愛するとは、他者や世界という対象の中に自分の一部を見出し、そこに生命の持続を託すことだ。私はこれまで、それらを「生産性のない余暇」や、生活に余裕がある者だけの「贅沢」として後回しにしてきた。しかし、それは致命的な間違いだった。夢と愛こそが、この無機質で空虚な現代という荒野において、自分という存在の輪郭を維持するための、最も強固な骨組みであり、最も高純度な燃料なのだ。それらを欠いた人生は、それらが増大していくのを待つだけの、緩慢な崩壊でしかない。

思考の放射は加速していく。一文字を綴るごとに、一瞬を思考するごとに、私の内側に巣食っていた闇が物理的な質量を持って追い払われていく。一入立って思った「生きる意味の不在」という深い虚無は、私が私自身を外の世界へ放射することを、自ら止めていたからこそ生じた「自らの影」に過ぎなかったのだ。光源が自ら輝きを増せば、足元の影は消え去る。あるいは、たとえ影が消えなくとも、それは光の強烈さを証明するための力強いコントラストとして、私の世界をより立体的で豊かなものへと変貌させる。


 これまで私が恐れていた「天使と悪魔」の正体さえも、この放射の光の下ではその化けの皮を剥いでいく。天使とは、無難な平穏を強いる誘惑であり、悪魔とは、失敗を嘲笑う内なる猜疑心だったのだ。しかし、今やそれらは私の歩みを妨げる敵対者ではない。彼らは私の放射をより遠く、より深くへと運ぶための気流となり、私の精神の翼を支える揚力となった。星のイバラが敷き詰められた茨の道も、無数の意思が交錯する銀河の交差点も、すべては私が私であるために通り過ぎるべき、必然的な背景に変わる。私は今、自分という全存在を賭けて、この静寂の中に巨大なわだちを刻もうとしている。この放射が、いつか時空を超えて、どこかで絶望している誰かの「幸せの呼びかけ」として届くかもしれないという、微かな、しかし揺るぎない予感。その利他的な希望が、さらに私の生命出力を極限まで高めていく。

私が今、指先から放っている言葉や意志は、もはや単なる情報の羅列ではない。それは私の肉体を構成する細胞の延長であり、魂という名の振動そのものだ。一文字を刻むたびに、私は週末の夜という真空地帯に「私という圧倒的な事実」を打ち込んでいく。厚く重なり合った情報の層を内側から突き破り、深く求める場所から響いてくる内なる声。それは「ずっと自分であり続けること」を、逃れられぬ呪いとしてではなく、至高の祝福として全身で受け入れるための儀式なのだ。

放射の勢いはとどまることを知らず、加速し続ける。自らを焼き尽くし、再構成するような激しい熱量が部屋の温度を物理的に押し上げ、私の視界を不気味なほど鮮明にしていく。本物も本当も、あらかじめ用意された外側の世界には存在しない。だが、今、私の指先から生み出され、この空間に満ちている「熱」と「光」だけは、誰にも否定できない唯一の本物だ。私が私であるという証明のために、私は放射し続ける。この光が、夜の最果てまで届くように。この生が、決して誰かのコピーや劣化版ではない、唯一無二の鮮烈な軌跡を描き出すように。


 現代を生きるということは、絶え間ない自分自身の摩耗を受け入れることだと思われていた。私たちは、組織の、社会の、あるいは誰かの期待という名の研磨剤によって、個としての尖った部分を丸く削られ、どこにでも替えが効く部品になることを強いられる。しかし、この週末の夜に独り立ち尽くす私は、その残酷な定説を全身全霊で拒絶する。私は摩耗する部品ではない。私は自らエネルギーを生成し、世界を更新し続ける源泉であり、そのエネルギーを無尽蔵に放ち続ける恒星そのものだ。

内なる声が響く。深く求める場所から。ずっと自分であり続けること。その声はもはや耳で聴くものではなく、全身の細胞、毛細血管の隅々にまで共鳴する地響きのようなものへと変わっていく。私が今ここで感じている「熱」は、明日になればまた冷たい現実の風に晒されるかもしれない。だが、一度放たれた光は、宇宙の果てまで直進を続ける。私が私自身の存在を肯定し、放射を始めたというその事実だけは、たとえ太陽が燃え尽きても消えることはない。

もはや物理的な壁に遮られることはない。私の部屋から溢れ出した意志は、冷え切った都会の夜空へと溶け込み、見えない網目のように世界を覆っていく。それは静かな、しかし確実な、自己の内側から始まる夜明けの予兆だ。外界の冷淡な太陽が東の空から昇る前に、私は私自身の力で、私だけの太陽を、この精神の地平線に屹立させたのだ。一入立って、私は確信する。この放射を続ける限り、私は二度と虚無に呑み込まれることはない。私は、私という光そのものになったのだから。


 私はペンを置き、大きく、そして深く息を吸い込んだ。肺の奥まで満たす酸素が、放射を終えた直後の肉体に新たな滋養を運んでくる。身体は重く、神経は擦り切れているはずなのに、心はかつてないほどの静謐に包まれている。放射したエネルギーが、世界の暗闇に触れ、微かな反響となって私のもとへ戻ってくるのを感じる。それは「生きていていいのだ」という、宇宙からの密やかな肯定の声だ。夜は、まだ明けない。だが、私の中の夜は、もう終わったのだ。私は次へと進む準備ができている。

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