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  作者: しゅう


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16/52

生命の螺旋4

視覚が奪われた世界で、感覚だけが異常に研ぎ澄まされていく。

カチ、カチ、カチ……。

陽菜のお守りが鳴らす金属音が、もはや外部の音ではなく、自分の心臓の鼓動と完全に同期しているのがわかった。

暗闇はただの闇ではない。それは粘り気を持った液体のようで、毛穴から私の内側へと侵入し、私の境界線を溶かしていく。

(……私は、誰?)

沙耶。木工職人の娘。

そう自分に言い聞かせる声さえ、頭の中で反響して、いつの間にか美月の震える声や、結衣の冷徹な口調と混ざり合っていく。

「同じになれば、もう怖くないよ」

「論理的に考えて、私たちは一つに収束するべきなのよ」

「ずっと一緒だって、約束したじゃない」

三人の声が、私の思考を侵食する。私たちの意識は、螺旋の渦に揉まれ、攪拌かくはんされ、一つの巨大な感情の泥濘ぬかるみへと溶け落ちていく。

これが、女将の言った『統合』。

四人の異なる魂が、宿という一つの巨大な「型」に流し込まれ、個体としての形を失っていく。

ふと、自分の手が、木のように硬く、冷たくなっていく感覚があった。

天井を埋め尽くしたあの人形たちと同じ質感が、私の肌を覆っていく。


(このままじゃ、私たちは……ただの『部品』になる)

その時、指先に硬い感触が触れた。

深夜の廊下へ足を踏み出した時から、ずっと肌身離さず持っていたもの。

父から譲り受けた、職人の道具箱。

その中に収められた、はがねのみ玄翁げんのう

(……父は言っていた。優れた作品には全体の意志が宿る。でも、それは死んだ『型』に従うことじゃない)

本当の職人の仕事は、木の呼吸を読み、その歪みさえも活かして、唯一無二の形を刻み出すことだ。

すべてを「同じ」にすることではない。

私は必死に、溶けかけの意識を一点に集中させた。

闇の中で、私は「職人」としての自分を呼び戻す。

私は、この宿の構造を思い出した。

あの不自然な螺旋の継ぎ手。

一定の周期で繰り返される「全く同じ欠け」がある柱。

この宿は、完璧な相似を繰り返すことで理を保っている。

ならば、その「相似」の連鎖を一点でも断ち切れば、この巨大な螺旋は崩壊するはずだ。


「陽菜、美月、結衣! 私の声を聞いて!」

私は叫んだ。声は、重く湿った空気に阻まれてすぐには届かない。

それでも私は、闇の中にぼんやりと浮かぶ、あの天井を埋め尽くす人形たちの「気配」に向かって、道具箱から鑿を取り出した。

視覚はいらない。指先が感じる「木の鼓動」を頼りに、この空間の『かなめ』となる一点を探る。

(ここだ……!)

廊下の柱の、あの「周期的な欠け」。

それは、設計者が意図的に残した、あるいは螺旋の歪みが集中した「弱点」だ。

私は、重い玄翁を振り上げた。

「統合」を望む宿の意志が、私の腕を金縛りのように縛り付ける。

「やめて、沙耶。一緒になろうよ」

美月の声が、耳元で甘く囁く。

「それは無意味な抵抗よ」

結衣の声が、私の神経を冷たく麻痺させようとする。

「違う! 私たちは同じなんかじゃない!」

私は、すべての力を込めて鑿を打ち込んだ。


パァン!

と、乾いた、それでいて世界がひび割れるような音が響き渡った。

一瞬、お守りの音が止まった。

私は手を止めない。

相似という名の呪縛。分裂という名の恐怖。循環という名の絶望。

そのすべてを、一打ちごとに削り落としていく。

完璧な美しさで組まれた螺旋の継ぎ手が、私の鑿によって、無慈悲に破壊されていく。

「私たちは、バラバラのままで……生きていくんだ!」

最後の一撃。

宿の核を貫いた瞬間、漆黒の闇に亀裂が走った。

そこから溢れ出したのは、月光よりも鋭い、真っ白な光。

天井を埋め尽くした人形たちが、一斉に叫び声を上げ、粉々に砕け散っていく。

循環を拒絶された螺旋が、自らの重みに耐えきれず、激しい音を立てて崩壊し始めた。

「……あ、あ、あああああ!」

女将の悲鳴が聞こえた気がした。

けれど、その声もすぐに、轟音の中に消えていった。


目が覚めると、そこは冬の朝日が差し込む、古びた、けれど「普通」の旅館の部屋だった。

昨夜のあの重厚な蔵造りの気配はない。

建具は歪み、畳は擦り切れている。

けれど、そこにあるのは、細胞が分裂して増えたような不気味な木材ではなく、ただの、年輪の歪んだ本物の木だった。

「……沙耶?」

隣で、結衣が眼鏡を直しながら、ぼんやりと私を見ていた。

その横には、カメラを抱えて涙ぐんでいる陽菜と、自分の手首を不思議そうに見つめる美月がいる。

美月の手首には、あのお母さんの形見のブレスレットが、朝日に輝いて戻っていた。

「私たち……生きてるの?」

陽菜の問いに、私は何も答えず、ただ自分の掌を見つめた。

鑿を握りしめた手のひらには、マメが潰れた生々しい痛みがあった。

それは、私が「個」としてこの世界に留まった証だった。

「相似なんて、嘘っぱちだったね」

美月が、自嘲気味に、でもどこか晴れ晴れとした顔で言った。

「私たちは、バラバラ。進む道も、持っている真実も、全然違う。でも……」

「でも、同じ場所で、この朝を見ているわね」

結衣が言葉を引き継ぐ。

その言葉には、昨日のような冷徹な分析ではなく、一人の友人としての、確かな温度が宿っていた。


駅に向かう送迎車は、もう昨日とは違う、ただの使い古されたワゴン車だった。

運転手は昨日の無愛想な老人ではなく、よく喋る元気なおばさんで、私たちは彼女から「あの宿は、昔から不思議なことがよく起きる場所なんだよ」という、ありふれた噂話を聞かされた。

新幹線のホームに立つ四人の影は、それぞれ違う方向に伸びていた。

「相似」ではない。けれど、その四つの影は、螺旋の渦を抜けた者だけが持つ、不思議な力強さに満ちていた。



「OK。本通し良かったよ。明日からの公演、この調子でよろしく。」

舞台監督から声で、皆の緊張がほぐれた。

読んでいただきありがとうございます。

下の★~★★★★★で評価してもらえると勉強になります。

感想などいただけると嬉しいです。



ミステリーとしての伏線と、ホラーの不気味さを織り交ぜてみましたが、いかがでしたでしょうか。

今回は第5首を見ていて閃めきました。

物語の結末に驚いていただけたなら、作者としてこれほど嬉しいことはありません。

まだまだ技術も何もかも稚拙ですが、一歩ずつ成長していきたいと思っております。

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