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  作者: しゅう


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生命の螺旋3

「……おかしい。絶対に、これっておかしいよ」

私は、何度目かになるその角を曲がったところで、ついに足を止めた。

『螺旋館』という名の通り、この宿の廊下は緩やかなカーブを描きながら、奇妙に歪んでいる。先ほどから美月の行方を追っているはずなのに、気づけば同じような意匠の、ひび割れた飾り窓の前に戻ってきてしまうのだ。

冬の夕暮れは早く、窓の外はすでに群青色の闇に飲み込まれようとしている。その闇が、古びたガラス越しに私たちを覗き込んでいるようだった。ガラスに映る自分の顔さえも、どこか見知らぬ他人のように歪んで見える。

「沙耶ちゃん、もう足が動かないよ……。ここ、さっきも通ったよね? あの柱の傷、私がさっき怖くてお守りをぶつけちゃった時の跡だもん……。それに、見て、この空気。なんだか、同じ場所をぐるぐる回るたびに、どんどん空気が濃くなって、息が苦しくなってくる気がする」


隣で私の袖を生命線のように掴む陽菜が、今にも泣き出しそうな声を出す。彼女の首から下がるいくつものお守りが、歩くたびにカチカチと乾いた音を立てる。その音さえも、この静まり返った廊下では不吉な秒読み(カウントダウン)のように響き、私の神経を逆撫でした。

「大丈夫よ、陽菜。落ち着いて。私たちはただ、美月を探しているだけ……。でも、確かに変ね」

私は職人の目線で、廊下の柱を凝視した。

年輪の向き、接合部の削り出し、木の乾燥具合。それらは、ある一定の周期で「全く同じ型」を繰り返していた。自然な建築ではありえない。まるで、同じ映像をループさせているかのように、数メートルおきに「全く同じ欠け」がある柱が立っている。

(この宿自体が、一つの巨大な、狂った『型』なの……?)

これがこの宿の三つ目の理、『循環』。

バラバラに動き出したはずの私たちの足跡が、見えない円環の上に囚われているような感覚に陥り、眩暈がした。出口を探せば探すほど、私たちは宿の深部へと誘われているのだ。


その時、廊下の先、重厚な板戸の向こうから激しい言い争う声が聞こえてきた。

「――だから、その帳簿を見せてくださいって言ってるのよ! 拒否するなら、法的な手段を講じる準備もあるわ! この宿で行われている組織的な窃盗行為、すべて暴いてやるんだから!」

結衣の声だ。私たちは弾かれたように声のする方へ駆け出した。

たどり着いたのは、宿の裏手にある、埃とカビ、そして古い紙の匂いが立ち込める小さな書庫のような場所だった。そこには、背表紙の擦り切れた古い和綴じの台帳に囲まれて憤慨する結衣と、相変わらず影のように音もなく佇む女将がいた。

「お客様、ここは立ち入り禁止でございます。宿の理を乱す行為は慎んでいただかないと……。調和を乱す者は、螺旋から弾き出されてしまいますよ。それはつまり、この世界からの『孤立』を意味するのです」

「理なんてどうでもいいわ! 宿泊名簿の過去十年のデータと、この周辺で起きた未解決の遺失物届け。その照合ができれば、犯人の輪郭が統計的に浮かび上がるはずなの。美月が言っていた『座敷童子の悪戯』なんて、ただのオカルト的な目くらましだって証明してやるわ」

結衣の足元には、西の隅から持ち出したあの木彫りの人形が転がっていた。彼女はそれを「証拠品」として扱いながら、狂ったように計算機を叩いている。しかし、その計算機の画面には、見たこともない複雑なエラーコードが明滅していた。彼女は彼女自身の信じる「論理」という狭い循環の中に閉じこもり、他者の言葉を、そして現実の異様さを一切拒絶しようともがいていた。


「結衣……美月は見なかった?」

私の問いに、結衣は顔も上げずに冷たく答えた。その声は、極限の緊張でひび割れている。

「あんな妄想女、放っておきなさいよ。今ごろ屋根裏かどこかで、ネズミの足音を神のお告げか何かだと思って拝んでいるんじゃないかしら。現実から逃げた人間を探すほど、私は暇じゃないの。……おかしいわね、どうして計算が合わないの。失踪した客の数と、用意されている『器』の数が……」

「ひどいよ、結衣ちゃん……。私たち、あんなに仲良しだったのに……」

陽菜が絶句し、膝をつく。その時、書庫の天井からパタパタという、昨夜聞いたあの音が響いた。

「……いた。……いたよ。やっぱり、私の言った通りだった。座敷童子様は、みんなに『同じ』を配っていたんだよ」

天井の隙間、暗い通気口のような場所から、震える美月の声が降ってきた。

「結衣、ほら、あの子が隠した証拠を見つけたよ! 私のブレスレット、ここにある! でも……これだけじゃない。何これ、全部『同じ』じゃないの……!」

美月の悲鳴に近い叫びに、私たちは顔を見合わせた。

書庫の隅にあった、今にも壊れそうな古い梯子を登り、天井裏を覗き込んだ瞬間、私たちは全員が息を呑んだ。

そこには、十円玉のような鈍い色の電球に照らされた、埃にまみれた大量の私物が並んでいた。

財布、カメラ、ブレスレット。

しかし、それは私たちのものだけではなかった。

過去、数十年分にわたる宿泊者たちの遺留品が、不気味なほど整然と、儀式的なまでの美しさで並べられていたのだ。

そして、そのすべてが「四つずつのセット」を成していた。

四つの同じ型の革財布、四つの使い捨てカメラ、四つの銀のブレスレット。

それらは年代こそ違えど、私たちが持っているものと、持ち主の趣味さえも透けて見えるほどに「相似形」をなしていた。まるで、この宿自体が「四人一組」の人間を、何十年も前から待ち構え、サンプリングし続けてきたかのように。


「……何よ、これ。どういうこと? 時代も場所も違うはずなのに、どうしてこんなに『型』が揃っているの?」

結衣の手から計算機が滑り落ち、畳の上で乾いた音を立てた。彼女の唯一の拠り所にしていた論理が、初めて音を立てて崩れ去った。

「みんな、自分たちだけの特別な事件だと思ってた。でも、違ったんだ。この宿に来る人たちは、みんな同じ道を辿って、同じものを失って、そして……」

美月が、天井裏の暗闇から青ざめた顔を出し、私たちの顔を見下ろした。その瞳には、恐怖を通り越した、宗教的な「悟り」のような色が混じっている。

「同じ絶望の中で、また一つになろうとするんだ。この螺旋の渦に飲み込まれて、何度も、何度も、同じ役を演じさせられているのよ。私たちは、新しい人間なんかじゃない。ずっと前から、ここにある『型』の一部だったんだわ」

私たちは、それぞれ別の理由でここへ辿り着いたはずだった。

結衣は現実的な犯人を追って。美月は妖怪を信じて。私は美月を心配して。陽菜はただ恐怖に怯えて。

けれど、結局私たちはこの「天井裏」という一つの残酷な結節点に強制的に集められた。

バラバラになった四人の意志が、宿の構造という巨大な『循環』によって、逃れようのない一つの結末へと収束させられていく。

「女将さん、これってどういう意味なの? なぜ、みんな四人組なの? なぜ、同じものが四つずつあるの?」

私は、下に立つ女将に向かって震える声で問いかけた。

女将は、月明かりを浴びて不気味なほど左右対称な笑みを浮かべたまま、静かに口を開いた。その声は、いくつもの声が重なり合って響いている。


「命の螺旋は、止まることを許されません。相似が型を決め、分裂が力を生み、循環が時を熟成させる。そして……」

女将の指が、天井の一点を指した。

そこには、私たちの部屋の四隅に置かれていた人形と同じものが、天井を埋め尽くすほどの数でびっしりと敷き詰められていた。その数、数百、数千。

職人の私の目には、その人形たちが、ただの木ではないことがわかった。

それらは、周囲の「音」や「光」、そして私たちの「感情」を吸い込み、呼吸している。年輪の模様が、鼓動に合わせて微かに波打っているのだ。

人形たちの顔はどれも無機質だが、月光の角度によって、私たち四人の顔に、少しずつ、確実に似てきているような気がした。

「すべては、最後の『統合とうごう』のために。今夜、螺旋は頂点に達します。魂の型が一つに溶け合わなければ、新しい螺旋は始まらないのですから。あなたたち四人が持っていた『個』という小さな欠片は、もう、この大きな渦の中に溶けてしまいました」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、宿全体の電気が、断末魔のような音を立てて一斉に消えた。


完全な漆黒。

暗闇の中では、視覚も、そして誰が誰であるかという認識さえも曖昧になっていく。

真っ暗闇の中で、カチ、カチ、カチ……と、陽菜のお守りがぶら下がった金属音が、狂ったメトロノームのように激しく響き始めた。

それは、私たちが「私」でいられる時間の終わりを告げる、弔いの音だった。

読んでいただきありがとうございます。

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