魔法少女は思い出す
皆から期待される魔法少女。皆が、私を待ってる。
「待ってて、今助けるから!」
怪物から、みんなを助ける。それが私の使命。
「ちょっと、早く助けてよ、魔法少女でしょ!?」
そうやって暴言を吐く人も、自身が弱いからこそ。強い私が、能力を持つ私が、助けなきゃいけないの。
「また、貴方?」
けど...そんな私を、否定する人がいる。
背後から現した存在に、声をかけた。
「あぁ、そうさ。何度でも来てあげるよ。ほかでもない、君のためにね。」
ふざけないでほしい。私のため?そんなの、ただのエゴ。エゴの解消に、私を巻き込まないで。
「街の人を傷つける貴方は許さない。」
「はは、酷いなぁ。僕はそんなことしてないさ。あんなの勝手に傷ついた気になってる被害妄想の激しい奴らだよ。」
何を勝手なことを。どうせ、傷つけた側はなんの意識もなくさも当然のことかのようにやる。その人を傷つけたことさえ理解していない。
「貴方がなんのためにこんなことしてるのか知らないけど...。邪魔するなら、やっつける。」
「...君に、できる?」
そのニヤついた顔も、なにもかも。壊してやる。
「やるの。それが、魔法少女である私の使命。」
「はは、使命使命って...可哀想だね。」
「可哀想?私が?からかうのも大概にして...もういい。これ以上の貴方との会話は非生産的。」
私がステッキを振ろうとすると...ステッキは消え去った。
「...なんで。」
「魔法少女のステッキは、振るうべき相手にしか振るえないらしいね。」
「ならなんで、貴方に振るえないの。おかしいじゃない。」
地面に手をついた私に、男は語りかけた。
「だって...魔法少女が戦うべきは怪物だろ?」
「...貴方は、人間だっていうの?」
人を平然と傷つける者が、人間なわけないじゃない。
「定義によっては、人間にも怪物にも成り得るね。尤も、それは君もだけど。」
私も...?おかしい。だって、私はみんなを怪物から守る魔法少女。魔法少女は、人間のはず。そうでしょう?
「ま、いいや。今日は帰るよ。今のうちに、虚構の日々を過ごしているといいさ。」
「虚構なんかじゃないッ...ここに、人がいるッ...街の人達が...!どこが虚構なのよ!!」
「虚構なのは君自身さ。ま、いずれ知ることになる。」
背を向けて去っていく彼の背中に、手を伸ばそうとしても、その手は空を切るばかりで、届くことはなかった。
私自身が、虚構...そんなはず、ない。そんなはずないじゃない。だって、私はここにいて...。
思考を破ろうとすればするほど、思考は加速する。
「きゃぁああ!!」
遠くで、悲鳴が聞こえた。
「...行かなきゃ。」
私は、魔法少女だから。
「うぅっ...ぐす...うえぇ...。」
子供の泣き声がどこからか聞こえた。どうしたのかな。
「...どうしたの。」
公園で、木の影に隠れて泣いていた子供に声をかけた。
「おねえちゃん...。おねえちゃんなのッ...!?」
私に、家族...?あれ、家族...なんて、いたっけ...?
「おねえちゃんだぁッ!」
子供に抱きつかれた。あまりにも無邪気な手。
「私は...。」
私に抱きついて泣きじゃくる子供に、『私はそのお姉さんじゃない』と声をかけることはできなかった。
「よ〜しよし...。」
受け止めて、頭を撫でる。もう、なんでもいいか。
「きゃぁああぁ!!」
また、悲鳴。あちこちで悲鳴。もう、聞きたくない。なぜ悲鳴が上がっているのか...もう知りたくない。そこにある事情とか、そこにある感情だとか...もうどうでもいい。知りたくない。全部投げ出したい。でも...私は魔法少女だから。魔法少女は、他の人を助けるために存在するから。
「行っちゃうの...?」
涙ぐんだ目で訴える子供を見ても、何も思わなかった。だって、私の存在価値は誰かを助けることでしかないから。それが使命だから...。
「うん。行かなくちゃ。私は魔法少女だから。」
自分に言い聞かせでもするように。
「お姉ちゃん...自分のことも、大事にしてね?」
魔法少女は、それが生きがい。人を助けることでしか、自分がここにいると感じられないから。
悲鳴はなりやまない。それが内から聞こえる声か、外界からの声かわからなかった。
「...おや?また会ったね。」
また、さっきの男。
「なんで、貴方にステッキを振るえないの。やっぱり、おかしい。貴方は、何を知っているの?」
「なんだってよくないか?僕は害じゃない。それだけが全てだ。」
全く説得力のない言葉。足元の死体と今の自分の姿を鏡で見てから言ってほしい。
「魔法少女がステッキを振るえないってことは僕は害じゃないんだ。むしろ、君を助けに来たんだよ?」
「ふざけないでよ。貴方は害。私の心を惑わせる貴方は害。」
私がステッキを振ろうとすると...やっぱりステッキは姿を消した。
「なんでッ...!!なんでなのよッ!!ステッキだったら黙って主の言うこと聞きなさいよッ!!!」
虚空に向かって叫ぶ。
「もう...耳が痛いな。」
男が手を翳すと、私の身体は無残にも吹き飛んだ。
「なに、よ...。なんなのよッ...!!」
膝は擦れ、血が滲む。
「そう、それでいい。」
「はぁ...?」
「いいや、こっちの話。あ〜、よかった。なんとか目的は達成できそうだ。」
意味のわからないことを宣いながら。
「目的って何よ...?」
「だから、こっちの話だってば。今聞いたら君は壊れちゃう。」
...この男は、たまに私でもよくわからないことを言う。
「あともう少し傷つければ、弱るかな?」
「何言ってるのよッ...!!何がしたいのッ...!?」
私の叫びを聞き流し、じりじりと近寄ってくる。
「何、何...なんなのッ...!?」
突如、頬に痛みが走った。
「....??」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「いい加減目を覚ませ。」
「嫌ッ...離れてッ...!!来ないでッ!!」
「チッ...まだ早かったか。」
目を覚ます...?虚構?弱る??
「余計なこと、しないでよ。」
自分でも、よくわからないことを口走り始める。
「...!?君、記憶が...?」
男も、こんなことを言われると思ってなかったのか、驚いた顔を見せる。
「ここは私が全てなの。良し悪しは私が決めるの。貴方は悪。私が悪って言ったら悪なの。...いい?」
ステッキがようやく言うことを聞くようになった。ステッキを両手に握りしめ、そして...。
大きく振りかぶろうとした、瞬間。
「結ッ...!」
この男からじゃない。誰かの声がした。結って、誰?
「思い出すんだ、結ッ!俺の声をッ!」
誰、この声...すごく、安心する...。
「目を覚ませよッ...頼むから、なあ...結...俺の...兄の声を、聞いちゃくれないか...。」
「...あ。」
突如、空に亀裂が入った。いや、空でもなんでもない。これは...。
「お兄ちゃん...。」
私の世界が音を立てて崩れていく。
「あれ、ここは...?」
白塗りの壁、天井。
「結ッ...!!良かった、目を覚ましたんだな...!」
お兄ちゃんが、私の手を握って涙を流してる。
ふと体を見ると、下半身は包帯でぐるぐる巻きにされてた。
「あの、男の人は...?」
なんだったんだろう、すごく...長い夢を見ていた気がする。
「結...あぁ...生きてて良かった。結が、学校から飛び降りたって聞いて...俺...。」
そっか...思い出した。私...。
「心配かけてごめんね、お兄ちゃん...。」
「いいんだよ、んなこと...結が生きていれば、それで...唯一の家族を失わなくて済んだんだからよ...。」
お兄ちゃんの泣き顔なんて...いつぶりだろう。私がずぶ濡れで帰ってきた時以来かな。
「ごめんね...危うく、お兄ちゃんを一人にするとこだった。」
二人で感動を分かち合っていると、病室のドアが開いた。
「兄妹水入らずのところに申し訳ないけど、容態の確認をしていいかな?」
「あ、あぁ...先生。」
どこか、見覚えがあった。
「あ〜ッ!!あの男の人ッ!」
「....?あぁ、妄想の中の話かな。」
若干、記憶が残っている。あの、記憶が。
「実は、君の妄想の一部を見させて貰って干渉してたんだ。君が、ちゃんと現実世界に戻ってこられるようにね。...改めて、自己紹介を。僕は、精神科医の相澤涼。君の担当医だ。これからも定期的な検診とかする時に会うだろうから、以後お見知りおきを。」
精神科医...じゃあ、私の見ていたあの夢は...。
「じゃ、軽く説明しようかな。お兄さんも何がなんだかわかってなさそうだし。君が見てたのは過度なストレスと落下したことによる脳へのショックからくる妄想だ。そこは...大分荒れていただろう。というか、僕は直接みたからわかるけど...。君は自分で枷をつけて現実から遠ざけていた。恐らく、子供の頃に強いものと印象付けられていた魔法少女という形で顕れたわけだ。そこでした会話は、すべて自問自答のようなものだ。僕と話したものすら、だ。僕の容姿の存在を君の意識に送り込んだだけで、そこで発した言動とかは大方君の想いだ。一部僕が送ったものもあるけどね。」
じゃあ、あの子供も...。全部、私...。
「大分精神的に追い詰められていたんだろう。それで僕は、直接目を覚まさせることより、君にあの世界を拒絶させる方法を取った。最後はお兄さんの声がトドメとなったみたいだけど。」
「...なるほど、私にもう嫌だって言わせたかったんですね。」
「そういうこと。」
軽く答えたあと、真剣な顔で私に告げた。
「精神的な面を取り除いても足はもう動かないし学校へ行くのはもう厳しいと思う。...行きたい?」
もう行かなくていいのかと思うと、少し楽でさえあった。
「僕からはお兄さんと保護者と話しあって決めて...って感じかな。僕からは以上。」
「あ、あの...。」
説明を終えて去ろうとする先生を引き止めた。
「ん?」
「なにか、お礼がしたいです。先生のおかげで兄を一人にせずに済んだんです。」
「え〜...でもなあ...。流石に中学生からなにか貰うのはちょっと気が引けるというか...。」
それでも、私が引かないでいると、お兄ちゃんが声を発した。
「面倒くさい妹ですみません。ですが...俺からもなにかさせてください。高校生だったらギリ...。」
「兄妹揃ってだね...。気持ちだけ受け取っておきます。じゃ。...あ、いいところに近藤!近藤、909室の患者様の相手してくれないっ!?」
先生は廊下にいた他の先生に声をかけた。
「そこ先輩の担当じゃないすか?」
「あーもう冷たいなあ!ちょっとぐらいいいじゃんか面倒くさいんだよぉ!近藤からもなんか言ってよ!」
「先輩はもっと自分の責務果たしたらどうすか。」
冷たい返しだなあ...。
「僕は昨日大仕事果たしたからいいんだよ!ほらほら、近藤くんも。」
先生が近藤さんの背をおして病室に入れる。
「ちょっと先輩。...はぁ、なんか問題ですか?」
「ここの二人がなにか礼をさせてくれってうるさいんだよ。あ〜、また嫁にぐちぐち言われちゃう...。」
先生、既婚者だったんだ。
「いいじゃないですか、人の厚意ぐらい素直に受け取っても。」
「よくないッ!断じてッ!」
「はぁ...帰っていいですか?...患者さん達も、本人がこう言ってるんで過度な干渉はやめてあげてください。」
私とお兄ちゃんは一瞬目を合わせた。
「なんか...すみません。近藤さん。」
普段あまり揃わないけど...なぜか声が揃った。




