表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/23

第18話 夏凪のセカイの、その先へ

あれから、数日が過ぎた。

八月十五日という呪縛から解き放たれた世界は、当たり前のように時を刻み、夏休みはゆっくりと、その終わりへと向かっていた。


学校の補習授業。

教室の窓から見える入道雲は、心なしか、以前よりもその勢いを失っているように見えた。


「で、結局お前ら、あの夏祭りの夜、二人でどこで何してたんだよ」


前の席から振り返った悠真(ゆうま)が、ニヤニヤしながら聞いてくる。机に突っ伏していた俺の隣で、綾瀬(あやせ)(あかり)は、くすりと悪戯っぽく笑った。


「んー、それは、私と水瀬くんだけの秘密」

「うわ、出た! 絶対なんかあっただろ!」


騒ぐ悠真を、俺は穏やかな気持ちで眺めていた。

説明なんて、できっこない。

俺たちが、五日間のループの中で、死と絶望と戦い、時を超えた真実に辿り着いたなんて。誰も知らない、二人だけの、そして、今はもういない妹と、その親友を加えた四人だけの、壮大な秘密。

それで、いい。


放課後、俺は、久しぶりにカメラを手に取った。

写真部の部室。俺たちの司令室だったその場所で、俺は、窓辺に立つ灯に、ファインダーを向けた。

夕方の柔らかい光が、彼女の髪を蜂蜜色に透かしている。

以前の俺なら、きっと、この光景に妹の美月(みつき)の面影を重ねて、感傷に浸っていただろう。

だが、今は違う。

ファインダー越しに見えるのは、紛れもない、綾瀬灯という一人の少女の、かけがえのない「今」だった。


カシャ。

乾いたシャッター音が、静かな部屋に響いた。

液晶モニターに映し出された彼女は、少しだけ驚いたように、でも、最高に綺麗に、笑っていた。



数日後、相沢(あいざわ)美咲(みさき)さんから、俺にメッセージが届いた。


『今度、息子と一緒に、美月ちゃんのお墓参りに行ってもいいかな?』


短く、『はい、ぜひ』とだけ返信した。

彼女もまた、長い後悔の夜から、ようやく朝を迎えようとしていた。


夏休みが、終わる、最後の日。

俺と灯は、二人で、美月が眠る、小高い丘の上のお墓を訪れていた。

蝉の声はもう聞こえず、涼やかな秋の風が、コスモスの花を揺らしている。

俺は、墓石の前に、美月が好きだったラムネと、そして、全ての始まりとなった、あの赤いスーパーボールを供えた。


「……美月」


俺は、静かに語りかけた。


「お前が救った未来は、ちゃんと、ここにあるぞ。……すげえな、お前は。俺の、自慢の妹だ」


隣で、灯も、静かに手を合わせていた。


「美月ちゃん、ありがとう。……あなたのぶんまで、私、ちゃんと、幸せに生きるから。だから、見ててね」


彼女が顔を上げた時、その瞳は、涙で潤んでいたけれど、とても強く、澄みきっていた。


俺たちは、しばらくの間、眼下に広がる町の景色を、黙って眺めていた。

どこまでも青い空。きらきらと輝く海。俺たちが、守り抜いた、この世界。


「……なあ、綾瀬」


俺は、意を決して、隣に立つ彼女に向き直った。


「俺は、お前が好きだ」


風が、俺たちの間を吹き抜けていく。


「妹が救った命だからとか、そういうのじゃない。俺は、綾瀬灯っていう、一人の女の子に、救われたんだ。だから、これからも、ずっと、隣にいてほしい」


灯は、驚いたように目を見開いた後、ふわりと、花が綻ぶように、笑った。


「……うん」


その一言だけで、十分だった。


「私も、水瀬くんが好きだよ。ううん……遥斗くんが、好き」


俺たちは、どちらからともなく、そっと、手を繋いだ。


帰り道。俺たちは、あの白い廃灯台がよく見える、岬の公園に立ち寄った。

夕日が、水平線へと沈んでいく。

終わらない夏は、終わった。

ループを繰り返した、あの静かな夏凪のセカイの中で、僕らは絶望し、抗い、そして、かけがえのない真実を見つけた。


君は、妹が命を懸けて遺してくれた、希望の光だった。

そして、いつしか、僕自身の光にもなっていた。

だから、この新しい世界で、君はもう一度、何度でも、強く、美しく、輝いていく、瞬いていくんだ。


俺は、もう、ファインダー越しに世界を覗くことはしない。

この目で、しっかりと、隣で微笑む君の姿を、焼き付けていく。

繋いだ手に、力を込める。

僕たちの、本当の夏は、きっと、ここから始まる。

新しい季節の、始まりの匂いがした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ