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やったからやりかえされた

今回短いですが、キリが良いのでひとまずここまでです。

 目の前の男は、神というだけあってエアハルトの心情など待ってはくれない。

 全く心が追いついていないエアハルトを他所に、地球の神はさっさと転移先の説明を始めた。


「お前が転移するのは地球という世界の、日本という国だ。あの子の母国だな。第一に重要なのは、地球にはマナが存在しないことだ。お前たちの魔法の原動力になる魔力、それはマナを体内に取り込み精製することで生まれる力だ。だが、地球にはそもそもマナがないから、地球では魔力を精製できない。したがって、お前は今ある体内魔力が尽きれば魔力の補充はできないと思え。魔法は考えて使うんだな」

「マナがない……」


 オイローパでは、魔力があらゆる原動力になっている。魔力なしにどのような文化が発達しているのか、エアハルトには想像がつかなかった。川から水を汲んだり、油のランプに火ともしているのかと考えて、あまりの原始的な世界にゾッとした。


「マナがないから魔獣もいない。魔法や魔獣といった、マナを源にしたものは全て架空の存在とされている。うっかり口に出そうものなら夢と現実の区別がつかないやろうだと白い目で見られるから気を付けるんだな。魔法も使うならバレないように使え」


 言いながら、神は空中に一つの薄い冊子のような物と、小さな箱を出した。


「これは俺からの餞別だ。通帳と印鑑だな」


 受け取った小箱には、確かに印鑑が入っていた。しかし異世界の文字は読めないため、何と刻まれているのかは分からなかった。

冊子の方は薄いがつるりと美しい紙が使われており、中には数字らしいきものが書かれていた。


「お前への恩恵は〝戸籍〟だ。日本では戸籍がない人間はあらゆる支援を受けられなくなる。新たに取得するにしても、簡単には取得できないからな。通帳と印鑑は戸籍の名前で作っておいた。お前の日本名は〟保志野ハルトだ。外見がどう見ても日本人じゃないから、お前は日本人と外国人のハーフということにした。生まれてから長く外国で暮らしていたため日本に不慣れ、という設定でいいだろう」

「コセキ? ツウチョウ?」

「あー、戸籍は国が人民を管理掌握するために作られた制度だ。世界的には珍しい制度だが、日本ではこれがないと不便だ。通帳は、銀行ってとこに預けた金の額を記した冊子だ。銀行口座には日本の金で二十万円を入れておいた。これは大体、人ひとりがひと月暮らしていけるだけの金額だ。印鑑はサインの変わりに求められることが多いから、持ってて損はないだろう。あとは色々、自分で調べろ」


 神の説明を聞きながら、通帳に書かれた数字をまじまじと見る。つまり、ここに書かれた数字がその二十万円を示しているのだろう。


「……私は、その国で何をすればいいのでしょうか」

「何も?」


 エアハルトの神妙な問いに、神は呆気からんと答えた。


「何か使命があって飛ばされるのではないのですか?」

「あの娘の復讐はお前を異世界転移させた時点で完了してる。日本でどう過ごすかはお前の自由だ」

「そんな……」


 神の言葉に、エアハルトは言葉を失った。


(転移自体が目的。それは、そんな、そんなことのために?)


 使命が、目的が、願いがあって転移されるというのなら無理やりにでも飲みこめただろう。しかし、現実はエアハルトにただただ虚脱感を与えるものだった。

 意味があって飛ばされるのではない。異世界に飛ばされること自体が目的なのだ。それは、転移後のエアハルトに何の指針も示されないことを意味していた。


(これは、ただ私の人生を奪い去るためだけの転移だ)


 それは、酷く幼稚で、でも確実にエアハルトを絶望させる所業だった。


(私は、それほどまでに聖女様の怒りを買ったのか? 国を救いたいと願い行動した。それは、間違いだったのか?)


 古文書に書かれていた救国の聖女は、快く国を救う手助けをしてくれたとあった。苦しむ民を憂い、深い慈愛を持って国を支えてくれたと。その全てを真に受けたわけではないが、追い詰められた国政の中、藁にもすがる思いで手を伸ばしたことは確かだった。


 シュテルン王国は、先の王太子の愚行で切迫していた。

 エアハルトの行った召喚で聖女の人生を変えてしまったのは確かだが、何も私欲のために呼び出したわけではない。無体に扱おうとしたわけでもなく、出来る限り丁重に、誠実に対応しようと心に決めていた。


(こちらには相応の事情があった。しかし、私は何をするためでもなく、ただ異世界へ飛ばされるのか)


 納得がいかない思いが、エアハルトを追い詰める。

 しかし、縋るように見上げた神の視線はどこまでも無機質だった。

 先ほど見せていた怒りも呆れもないが、同時に同情も哀れみもない。まるで後は好きにしろと言わんばかりの在り様はエアハルトに諦めを強いた。


「じゃあ、あとは現地でどうにかしろよ」


 その言葉を最後に、エアハルトの視界が白く染まっていく。


(彼女は、これで満足するのだろうか)


 エアハルトは元凶の聖女を思い出そうとして、少女のことをほとんど思い出せないことに気が付いた。

 古文書と合致した黒髪黒目だったことは確認している。服装も異世界らしく、奇抜な衣装だった。しかし、それ以外の顔の特徴や、声音といった印象が全くと言っていいほどなかった。

 それも当然のことだ。

 エアハルトが聖女と出会ったのはほんの僅かのこと。自身は名乗りをあげたが、聖女自身の名前すら聞けなかった。声を聞いたのは、スキル発動時の一言だけだろう。そんなものは、記憶の片隅にも残らない。


(彼女は、なんという名前だったのだろう)


 自身の中に残像のように残った、ひどくぼんやりとした少女の姿に、エアハルトはかける言葉すらなかった。


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