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窓の外の風景は

「この部屋はお客様用ですので、体調が回復するまで使って下さい」

「いいんですか?」

「貴方のようなお若い方がお一人で旅をするなんて、何か事情がおありなのでしょう。教会は救いを求める者に開かれた場所です。何より、これほど疲れ切っている方を追い出すわけにはまいりませんわ」


 シスターの温かな言葉は疲れた切った勇那の心に沁み入った。

 たった一日の出来事だったが、慣れない力を使い続け、飲まず食わずだったこともあり、傍から見ても満身創痍なのが分かったのだろう。

 優しい声で背中を労わるように撫でられ、勇那の涙腺が決壊した。昨日から続く怒濤の展開に、張り詰めた心は限界が来ていたのだ。


 はらはらと、膝の上にいるタビに勇那の涙が降り注ぐ。

 声もなく涙を流す勇那を、シスターは黙って労わり続けてくれた。


「わたし……」

「何もおっしゃらなく大丈夫ですよ」


 優しい声が、勇那の悲しみを洗い流してくれるようだった。とめどなく流れ出る涙をそのままに、勇那は思いう存分泣いた。


「心が落ち着くまで、ここに滞在してくださって構いません。ここはそういう場所でもありますから。貴方に女神様の救いがあらんことを」


 シスターの有難い申し出に、勇那は救われた。

 シスターの胸で泣き疲れた勇那は眠ってしまい、次に目を覚ましたときには既に日が高く昇っていた。明るい日の差し込む窓をぼんやりと見ていた勇那だったが、寝る前のことを思い出して羞恥で飛び起きた。

 勇那の枕元で丸くなっていたタビが跳ね起きる。


《なになにっ、イサナどうしたの?》

「タビ、えっと、私あの後って……」

《イサナ、疲れて眠っちゃったんだよ。今はお昼くらいかなあ》

「そ、そっかあ」


(めちゃくちゃ泣いたし、あのまま寝ちゃったのか~)


 出会ったばかりの女性に縋りついて泣いたうえ、子どものように泣き疲れて眠ってしまったことに、頭を抱えた。しかし、思いっきり泣いたせいか、頭は随分とすっきりしていた。


(あんなに泣いたの、いつぶりだろう)


 高校生にもなって恥ずかしいとは思うが、存外すっきりした。

 勇那が頭を抱えていると、扉が開きシスターが入ってきた。


「ああ、良かった。お目覚めになったのですね」


 シスターは羞恥にのたうちながらもベットで起き上がっている勇那にほっとした顔をした。


「あ、あの、さっきはすみませんでした」

「余程疲れていたんでしょうね。お腹もすいたでしょう。こちら質素なものですが、良かったら」


 そう言って差し出されたパンとスープに、勇那のお腹は正直だった。

 羞恥を上塗りするように鳴り響いた腹の虫に、勇那はトマトのように真っ赤になったが、シスターは優しい笑みを浮かべて勇那の膝の上にトレーごと乗せてくれた。タビにはミルクは入ったらお皿を用意してくれたらしく、床に置いてくれた。


「あ、ありがとうございます」


 スープはキャベツらしきものとじゃがいもっぽいものが浮かんだ薄味のスープだった。

パンはとても固く、スープに浸して食べようにも小さくちぎるのも大変だった。ミチミチッと引き千切るにも指が痛くなったので、途中から勇那はパンの先っちょをスープに突っ込んで軟らかくしてからかぶりついた。隣でシスターがちょっと驚いていたので、行儀が悪かったかもしれない。


(歯のほうが噛み切りやすいんだもんな。この人はどうやって食べたんだろう。行儀よくちぎって食べたのかな。でもこれ、相当指に力ないと無理じゃない?)


 勇那は食事しながらそんなくだらないことを考える余裕が出てきたが、だんだんと顎が疲れてきて、後半は無心でパンを噛み続けていた。


(この世界のパンってこれが普通なの? だったら嫌だな)


 顔に出ていたのか、シスターは面白そうに笑った。


「このパン固いですよね。街で余ったものを貰ったので、どうしても数日たって固くなってしまっているんです。私も最初は苦労しました。小さくちぎるのも出来なくて、わざわざナイフで削いだんですよ。今ではすっかり慣れましたけど」


 懐かしそうに語る姿に、勇那は水でパンを飲み込みながら頷いた。

 どうやら全部のパンが固いわけではないようでほっとした。


「あの、ここってどこなんでしょう」


 お腹がある程度膨らむと、勇那はやっと現状について考える余裕が出来た。

 王都からひたすら東へと太陽に向けて転移し続けたのだが、地理も何も分からない勇那には現在地さえ不明だった。

 おかしな質問ではあるが、下手に干渉してこないシスターだからこそ、今のうちに聞けることは聞いてしまった方がいいと、勇那は思い切って質問した。


 シスターは目をぱちぱちと瞬いて驚いているようだったが、すぐにおっとりとした声で答えてくれた。


「ここは国境沿いにある街シャウです。南東にある山を越えたら隣国ブルーメルラですよ」

「国境⁉」


 思いがけない言葉に、勇那は驚き声をあげた。


(確かに一日中転移して、結構な距離を飛んだと思ったけど、王都から国境まで行ってたなんて)


 勇那の声に、シスターは部屋に置かれた一冊の本を手に取ると、最初のページを開いて見せた。

 それは地図のようだった。


「ここが王都ポラリス。そして、ここが今いる街シャウです。その斜め右に伸びている山を越えた先が、ブルーメルラ王国になります」


 地図を指さしながら教えられたことで、勇那にも分かりやすかった。

 シャウの街は、王都からほぼ北に位置していた。

 どうやら東に進んでいるつもりで、少しずつ北にずれていたらしい。


(でも、このまま隣国に行けば、この国の追っても撒けるかもしれない)


 まだ追われているかは分からないが、国の要人を飛ばしたのだから、そうやすやすと諦めてくれるとは思えなかった。

 隣国へは上手く国境を超えられるかが肝だが、幸い勇那には転移スキルがある。最悪、関所を飛び越えてしまえばいいと、勇那は思った。


「あの、隣国へ行くにはどうすればいいんでしょう?」

「そうですね、一番良いのは隣国へ向かう定期馬車に乗ることです。あらかじめチケットを買って席予約が必要ですが、護衛も付きますし、一番安全ですよ」


 シスターの言葉に、勇那は無一文の己を考えて肩を落とした。


「お金をかけない方法で考えるとどうでしょう?」

「一応、徒歩でも向かえますが、道すがらは野生の魔物も出ますし、山越えも楽ではありません。とてもじゃないですが、女性の身では危ないですわ」


 諭すように言われ、勇那もその無謀さを実感した。

 結局のところ、徒歩にしろ馬車にしろ、無一文ではどうにもならない。


(この街で、少しでもお金を稼ぐしかないか)


 幸い王都からここまで距離もあり、勇那の行方もそうすぐにはバレないだろう。追手が来るにしても時間があるはずだと、勇那は今後はお金を稼ぐことに決めた。


(そのためにも、ここでの生活を知らなくちゃ)


 パンを全て胃に収めた勇那は、食事のお礼にと教会の仕事を何か手伝おうとした。

しかし、手伝いを申し出た勇那に、シスターは優しく微笑みながらも首を振った。まだ体調が万全ではないだろうから、とのことだった。

 食器を片付けに、シスターは部屋を出て行った。


 仕方なく、勇那は与えられた部屋のベッドに座りながら、ぼんやりと窓の外を見ていた。

 外では、三、四歳くらいの子どもたちが走り回って遊んでいる。その他の小学生くらいの子どもたちは仕事があるのか、それぞれ薪を割ったり運んだり、洗濯物を干したりしている。大きな桶を二人がかりで裏から運んできているので、裏で洗っているのかもしれない。


《みんな忙しそうだね》

「そうだね。大人はシスターしかいないみたいだし、たくさん仕事があるのかも」

《お手伝い、する?》

「うーん、させてもらえたらいいんだけどね」


 やれることはたくさんありそうなのだが、要するにそこまで信用されていないため、やんわりと断られたのだ。


(無理もないか。突然現れた不審者だもの、まともな大人なら小さい子どもたちに近づけたくはないよね)


 色々変な質問をしたこともあって、傍から見ればかなりの不審人物だ。

 手持ち無沙汰で困っていた勇那の元へ、再びシスターがやってきた。


「着替えを持ってきました。お召し物を洗ってしまいましょう」


 そう言って差し出されたのは、簡素な茶色のワンピースだった。腰部分で緩く縛る形のもので、勇那からすればかなり地味だが、子どもたちの服装を見るにそれがこの世界での一般的な服装のようだった。丈も長く、制服のスカートでいる勇那は、このまま外に出れば酷く目立っただろう。

 勇那は有難くシスターから服を借りた。


(制服も結構汚れちゃったし、目立たないためにも普通の服を手に入れないと。この服をこのままもらえたらいいんだけどな。流石に図々しいかな)


 着替えると、制服はそのままシスターが洗ってくれると言って持って行った。

 制服のポケットに入れていたハンカチと飴玉二つだけ取り出すと、勇那はワンピースのポケットに入れた。


《似合ってるよ、イサナ》

「そうかな? ここの人と同じになった?」

《うん!》

「そっか。どうなることかと思ったけど、優しい人に出会えて良かったよね」


 お腹が満ち、すっかり異世界風の格好になった勇那は、余裕を取り戻した心が前向きになっていることを自覚した。優しいシスターに出会ったことが大きいだろう。

 シスターからは今日は出来るだけ部屋から出ずに静養して欲しいと言われたため、勇那は逸る心を抑えながらも再びベットに体を横たえた。


《明日は何かお手伝いできるといいね》

「うん!」



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