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最初の夜

《灯りが見えてきたよ!》

「良かった……」


 タビの上げた声に、勇那はぼんやりとした頭で答えた。

 もう、どれだけ転移を繰り返しただろう。


 途中で僅かな休憩を挟みながらひたすらに東に東に進み、日が傾いた頃には二つの山と谷を越え、更に三つの山を越えた気がする。

 すっかり追っては撒けたようだったが、地図もなしに飛び出した勇那は街の場所など分からず、人里を探しながら彷徨うように転移しつづけていた。方向だけは間違わないようにとひたすらに太陽を目指して飛んでいたが、ここがどこかも分からない。


 転移スキルは転移先をどれだけ正確にイメージ出来るかが肝になる。追い立てられるように出発してからずっと、慣れない力を使うために集中し続けた勇那は精神的にも体力的にも限界だった。

 日が落ち始めて薄暗くなった先に町の灯りが見え、勇那は崩れ落ちそうになる意識を奮い立たせてまた転移した。


「タビ、あの町で降りるよ」


 限界がきた精神のまま暗い中で転移するのは怖い。それに、日付が変わればボーナスタイムは終わりだ。

 それなりに大きな町らしくしっかりと門番がいたが、勇那は門を通らず石壁を飛び越えて町に侵入した。人気のない辺りで久しぶりに地に足をつけると、ぐらりと体が傾いた。


「つ、疲れた……」

《数十キロは飛んだもんね。お疲れ様》


 へたり込んだ勇那を労わるように、抱えた腕から降りたタビが前足で腕を軽く叩いた。額に輝く赤い宝石がきらりと光って、タビがもうただの猫ではないことを示している。


(結構遠くまで来たはずだけど、ここってどこなんだろう)


 座り込んだ足元から伝わる地面の冷たさと、むき出しの膝に当たる小石の痛みが勇那に現状を思い知らせる。


(これからどうしよう)


 既に辺りは薄っすらと暗くなっている。完全に日が落ち切れば辺りは真っ暗になるだろう。そうなる前に動かなければと思うのに、座りこんだ体は立ち上がってはくれなかった。


《イサナ、大丈夫?》

「ちょっと、やばいかも」


 頭に直接響く幼い子どものような声に、勇那はふうっと息をついた。

 頭がぼんやりと霞がかかっていて何も考えられない。集中しすぎた脳は、これ以上考えることを拒否するように勇那の意識を刈り取りにきていた。


(ここで倒れたらだめだ)


 人気がないとはいえ、道の往来で倒れてはどうなるか分からない。

 勇那は力の入らない体に鞭打つように立ち上がると、ふらふらと一番近くの建物の裏に回った。周囲のなかで一番背の高い建物の裏には、物置の様な小さな木製の小屋があった。入口に鍵もかかっておらず、中に入ると埃っぽい小屋には大きな壺が二、三並び、薪が積んであった。その横には干し草も積んであり、勇那はそこで力尽きた。


「ちょっと、休憩しよう……」


 倒れ込むように干し草にもたれかかると、勇那はもう立ち上がれなかった、


《イサナっ……》


 タビの焦った声が聞こえた気がしたが、それに答える余裕もなく、勇那はその場で意識を失った。


◇◇◇


「おいっ、起きろよ!」


 泥のように眠っていた勇那は、突然ばしんっと衝撃を受けて目を覚ました。


「いたっ」

「誰だお前!」


 箒の先の部分で乱暴につつくように起こされ、勇那は痛みで声をあげた。それでも相手はやめてくれず、目覚めたばかりの勇那は何が起こったのかと混乱しながら身を守るように体を固めた。


「出て行け、泥棒!」

「ま、待って、止めて!」


 バシバシと叩かれることに手で顔と頭を庇うようにうることで精一杯だ。相手は怒っているのか、勇那の言葉は全く聞いてくれる様子はない。


(何なの、いきなり。なんでこんな)


 気を失うように眠っていたところを文字通り叩き起こされて、今も叩かれ続けている。昨日から続いて理不尽だらけだ。


「やめてってば!」

「うるせえ、泥棒のくせに」

「違う!」


 相手に負けない声量で怒鳴り返すと、ようやく相手の攻撃が止まった。

 静かになった小屋の中、勇那はそろりと顔を上げる。


(子ども?)


 そこにいたのは、五~十歳くらいの子どもたちだった。

 一番大きな少年が前に立って箒を手にこちらを警戒しており、その背中に隠れるように小さい子たちが勇那をみている。

 驚き固まった勇那をどう思ったのか、険しい顔でまた箒を振り上げようとした少年に、勇那は身構え得た。


「やめなさい!」


 しかし、今度は叩かれる前に、鋭い女性の声がそれを止めた。


「貴方たち、何をやっているの」

「シスター、だって倉庫に泥棒が」

「だからといって、人を箒で叩くものではありません」


 シスターと呼ばれる女性に叱られ、少年はぐっと言葉を飲み込むと持っていた箒を下ろした。


「この子たちが申し訳ありません」


 倉庫の入口から子供たちを移動させ、前に出た女性はとても綺麗な人だった。修道服に身を包み、丁寧な所作で頭を下げた女性に勇那はつい見とれた。

 しかし、すぐに我に返ると首を振った。


「いえ、あの、私も勝手に倉庫に入ってすみませんでした。でも、私は泥棒じゃありません」


 子供たちの口ぶりから、勇那が入った小屋は、彼らの家の倉庫だったのだろう。倉庫に泥棒が入ったと思ったからの反応だったのだと、今更に気づいた勇那は、慌てて女性に弁解した。


「昨日の夜、疲れ切って一休みする場所が欲しくてここに入っちゃったんです。何も盗んでません」


 何も取っていないことを示すように、両手を前に差し出し立ち上がった。


「あ、あれ……」


 慌てて立ち上がったせいか、立つとくらりと勇那の視界が揺れた。

 足にもあまり力が入らず、ふらついた体が倒れそうになったところで、女性が慌てて支えてくれた。


「すみません」

「大変、お顔が真っ青ですよ。こちらへ」


 その細い体から想像できないほどの力強さで引かれ、勇那はされるがままに外に出た。

 すっかり朝になっていたらしく、外に出た途端当てられた朝日に目が眩む。支えられるままに隣の建物の一室に誘導されたが、ぐらぐらと揺れる視界に気持ち悪さもやってきて、勇那に逆らう余裕はなく口に手を当てて下を向くのが精一杯だった。


「ここに座ってください。エド、水を一杯もってきて」


 連れてこられた部屋は簡素で、小さい机と本棚、ベットがひとつずつ置かれていた。

 そのベットへ座らされ、勇那は黙って口を押さえていた。そうしないと、胃からせり上がってきた液体が出てきそうだったのだ。

 しばらく黙って座っていると、だんだんと眩暈はおさまっていった。それまでじっと傍で待ち、背中をさすってくれた女性には感謝しかない。


(昨日から飲まず食わずだったし、もらったばかりのスキルでひたすら転移もし続けたからかな)


 軽い貧血だったのかもしれない。

 シスターに言われた子どもが水の入ったコップを持ってきてくれたので、勇那はこの異世界にきて初めて飲み物を口にした。


 そっと一口だけ口に含んだ水はのど越しが重く違和感があったが、それ以上に久しぶりの水分を自覚した体が水を欲し、あっという間に一杯飲み干してしまった。


「あ、ありがとうございます」

「いいえ、大事ないようで良かったです」


 恥じらいながらお礼を言った勇那に、シスターは優し気な微笑みを浮かべた。

 ふと、膝に飛び乗ってきたタビに、勇那はほっと息をついた。


「まあ、カーバンクルの子供とは、珍しいですわね」


 タビをみて、シスターは驚きの声をあげた。


「カーバンクル?」

「ええ、大き目の耳にふわふわのしっぽ。なにより、この額の赤い宝石が証ですわ。カーバンクルの赤い宝石は幸運を呼ぶと言われていて、高値がついたことで冒険者たちがこぞって狩っていた時代があるのです。ゆえにその数を減らし、今ではあまり見かけません」


 シスターの言葉に、自然を視線はタビの額の宝石に向かう。


「このカーバンクルは貴方の従魔なのでしょうか?」

「……なんでですか?」


 シスターの言葉に、つい勇那の声は警戒し固くなる。それを感じ取ったのか、シスターは苦笑すると首を振った。


「不安にさせてしまいましたね。ただ、カーバンクルは赤い宝石によって、分かる者には一目で分かるうえに希少価値が高く、今も高値で売買されています。今後もお連れするなら気を付けた方がいいと、言いたかったのです」


 シスターの言うことは最もだった。カーバンクルという種族名すら知らなかった勇那を思って忠告してくれたのだろうと分かり、勇那は慌てて首を振った。


「こちらこそ、ご忠告ありがとうございます」


 知らずにタビを連れ歩いていたら、高価な宝石を見せびらかして歩いているようなものになっていただろう。


(でも、タビの宝石は女神につけられたものなんだよね。進化を促進するって言ってたけど、見た目が似てるからってカーバンクルになるのかな?)


 実際の種族がカーバンクルになっているかは、勇那では判断がつかなかった。


(見た目がカーバンクルに似てるってことは、カーバンクルとして狙われる可能性が高いってことなんだろうな。赤じゃなくて青い宝石にしてくれれば良かったのに)


 女神に不満をいただきつつ、勇那は膝の上でじっと見上げてくるタビの背を撫でた。


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