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報復した少女は逃亡した  作者: 夏樹


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二度目の食事

 アーネは古着屋を訪れるのは初めてらしく、古着屋を見つけたあとは狭い店内に所狭しとかけられた服たちに目を白黒させていた。


 店内はざっくりとシャツやスカート等で分類分けされてはいたが、場所によっては色や値段で分けられている棚もあり、掘れば掘るほど掘り出しが出てきそうな雰囲気があった。

 ちょっと見ただけでも襟に可愛い刺繍がされたシャツや菜の花のような鮮やかな黄色いスカート、深緑のシックなワンピースなど勇那好みの服もたくさんあり、こんな状況でなければ、勇那も少しは服選びを楽しめたかもしれなかった。


(今は節約第一だもんね。私の服はまだ着られそうだし)


 アーネは迷わず店の中でも最も安い服の置いてある場所を教えてもらい、町娘風の地味な白っぽいシャツと茶色のスカート、そして二人分の靴を買って着替えた。


 足は二人とも傷だらけになっていたが、井戸で一度綺麗に洗ったので血は滲んでいない。

 皮の靴は今まで履いたどんな靴よりも底が薄く、地面の石の凹凸が分かるほどだった。少し大きめで靴ひもをきつめに結ばなければ脱げそうだったが、それでも足がしっかりと包まれ守られている感覚に、勇那は久しぶりに安堵した。


 アーネの方はといえば、お人形さんのような整った顔立ちに地味な服装はあまりに合っていなかったが、選べる値段の中では一番マシなものだったのだから仕方ない。それに加えて、雑貨として別に置いてあった布カバンを二人とも買った。


 勇那のカバンには、タビが入っている。子猫の習性か、狭いカバンの中は居心地がいいらしく、ご満悦だ。


「なんとか銀貨五枚以内には収まったわね」


 全部合わせて銀貨四枚と銅貨五枚の出費だった。

 必要経費だったが、思いのほかギリギリでアーネもやや焦っていたようだ。


「残り銅貨五枚と……私が持ってる銀貨三枚か」


 勇那は屋敷を出るときに見つけた硬貨を思い出した。

 机の中から見つけた硬貨は暗い部屋では何色か判別できなかったが、明るい日の下で見たら銀貨だった。

 残り銀貨三枚と銅貨五枚。


『ぼくお腹すいたー』


 カバンの中から顔を出したタビが鳴く。


(そういえば、結局一昨日から何も食べてない)


 緊張の連続で意識していなかったが、もう丸二日も何も食べていない。水は少し前に顔を洗った際に井戸水を口にしたが、まともな食事を口にしたのは教会が最後だった。

 空腹を意識した途端、体は正直になる。


「お腹すいた……」

「そうね、休息も必要だわ」


 アーネも同じだったのか、道端に出ている屋台を見ながら零された言葉に、勇那は思わず笑みを浮かべた。


 とはいえ、屋台の食べ物を何でも食べていたら手持ちが尽きる。

 アーネはまず、古着屋で聞いた安めの宿に向かうと言った。


「食事付き、一泊一人銀貨一枚と言っていたわ」

「二人で銀貨二枚か。タビの分は?」

「カバンに入れて黙っていればバレないでしょう」


 しれっと言うアーネに、勇那は少しの罪悪感をもちながらも従った。今は何より金が惜しい。


『ぼくの分のごはんもある?』

「大丈夫。ちゃんと用意するから。ちょっとの間、また静かにできる?」

『しかたないなー』


 少しすねながらも新しい寝床が気に入っているのか、カバンの中でうとうととしているタビに苦笑する。


 アーネと共に宿屋に行くと、部屋は空いていた。

 少女が二人、見るからに訳ありそうな二人だっただろうが、安い宿なだけあって詮索されずに泊まることができた。金さえきちんと払ってくれるなら構わないらしい。

 それでも、夜は外出を控えて鍵をしっかりかけるようにと忠告してきた女将さんは、割といい人なのかもしれない。


「これで残り銀貨一枚と銅貨五枚」

「食堂に行ったら水はもらえるんだっけ」


 部屋には文字通りベットしかなかった。

 しかし、ベットに倒れるように寝ころんだ勇那は、途端に疲れを自覚して動けなくなった。


(ああ、これ、なんか覚えのある感覚だ)


 教会でも似たような感覚があった。疲れ果てた体を気力で動かしていたことに気付いていなかったときの、ふと気が解けてしまったときの感覚。


 もぞもぞと、布カバンからタビが抜け出てくる。

 勇那の頬に顔を押し当てて、擦り寄った後は勇那の顔の横で丸くなった。


 ふと横を見ると、アーネがベットに腰変えてぼんやりと宙を見ていた。

 今まで見た中で一番無防備な姿に、彼女も緊張の糸が切れたのかもしれないと思った。


(私よりもずっと長く牢屋にいたっぽいもんね)


 あの劣悪な環境のなか、いつ売られるとも知れない恐怖と緊張感は、人の精神を削るだろう。

 そこからようやく解放されたことを考えると、アーネの気が抜けるのも分かる。

 それでも勇那のようにベットに寝転んではいないところが、アーネらしいとも思った。


(お腹がすき過ぎてもうよくわかんなくなってるし、でも体は怠いし、眠いような気持ち悪いような……って、これ多分食べてないからエネルギー不足かな。水は飲んだから脱水じゃないと思うけど、どうなんだろう)


 ぼんやりと考えながら、勇那もアーネもしばらく動かなかった。


 気づけば寝てしまっていたらしい。

 ぺしぺし顔を叩く肉球の感触に目が覚めた勇那は、ずいっと目の前に現れたタビの顔に頭突きを食らった。


「ちょっと、なに」


 ぼんやりとする頭を振って、瞬きを繰り返すも、部屋がやけに暗い。

 至近距離のタビの顔が不機嫌そうに感じる。


「え、今何時!?」


 慌てて体を起こすと、くらりと眩暈がした。じっと耐えたあと、隣のベットを見ると座ったまま横に倒れたようなアーネの姿があった。


「ちょっと、アーネ! 大丈夫!?」


 ぎょっとして近づいて体を揺さぶる。

 動揺しすぎて強くなったが、そのおかげかアーネはぐずるように眉を寄せると、ゆっくりとその瞳を開けた。


「イサーナ?」

「……ん?」


 少しの間、ゆらゆらと揺れる視点がさまよったあと、勇那に焦点を結んでアーネはゆっくりと体を起こした。


「強く揺らさないでちょうだい。声をかければ起きるわよ」


 あっという間にいつものアーネに戻った彼女は、髪をかき上げながら息をついた。


「寝てたのね」

「疲れてたから仕方ないよ。すっかり夜みたい」


 窓の外は日が落ちて暗くなっていた。それでも、まだ人通りと明かりが見えるため、深夜というわけではなさそうだ。


「動ける? 食堂に行こう。やっとご飯が食べられるよ」

「そうね」


 アーネは頭を振ると、少し覚束ない足取りで立ち上がった。


「大丈夫?」

「問題ないわ。少しでも食事をとらないと、ここで倒れるわけにはいかないのよ」


 二人とも軽く髪と服を整えると、部屋を出た。


 タビは不満そうだったが、絶対に食事を持って帰ると約束して待ってもらっている。受付で何も言われなかったが、獣魔を無断で連れ込んでいるとバレて罰金や追い出されでもしたら堪らないのだ。


 食堂に向かうと、夜はそれなりに人が集まるのか、昼よりも賑わいがあった。

 酒を飲んでいる大人も多いようだったので、食堂の隅のカウンターにこっそりと座る。


 カウンターの向こうの女将に声をかけると、すぐに二人分の食事が出てきた。宿泊客への提供メニューは日替わりで一日一種類らしい。

 今日はシチューとパンだった。


 木のスプーンを手に取った。久しぶりの温かな食事だ。嬉しい。

 そのはずなのに、勇那はスプーンを口に運ぼうとして、ふと手が止まった。

 よみがえるのは、教会でもらった野菜のスープ。


(これは、本当に大丈夫なの?)

 

 目の前のシチューよりも具が少なくて、色も薄かった。全然別物のはずのそれが目の前にある気がして、手が動かなくなる。


(もし、これを食べてまた寝ちゃって。それで……)


 気づけば勇那はまたあの檻に戻っていたら。


 ひゅっと息を呑んだ音が、自分からした気がした。

 だんだんと息が早くなってきて、動悸の音が耳元でする。手が震える。


(あ、ヤバイ)


 このままだと自分がまずいことが分かるのに、体は何にも言うことをきかない。やばいとまずいが交互に頭をかすめるのに、どうしようもない。


 とんとん。


 過呼吸寸前までいったところで、唐突に背中を叩かれ意識が浮上した。

 隣と見ると、アーネがじっとこちらを見ている。


 何も言い返せる状況じゃなくて、勇那もただアーネを見ることしかできなかった。

 そのまま、アーネは何を言うでもなく、ゆっくりとした動作で勇那の目の前でシチューを掬った。それを見せるように口に運ぶ。

 大きめの木のスプーンに乗ったシチューが、小さいアーネの口に消えていった。


(食べてる)


 もぐもぐと品良く動いた口は、食べ物を呑み込む動作をしたあと、また勇那を見た。

 アーネの意図が分からず困惑していると、アーネは何食わぬ顔で勇那とアーネの皿を取り換えた。


「今日だけよ」


 そういって、今度は勇那の皿に入っていたシチューを食べ始めた。

 今度は一口で止まらず、そのまま食べ続けている。

 勇那の前には、アーネの食べた皿があった。


(もしかして、毒見?)


 数拍考えて、アーネの行動の意味をようやく理解した。

 周囲の喧騒は、勇那たちのことなんて全く気にもしないで続いている。耳を打つ動悸が収まり、通常の音が戻ってきた。


 次いで、目の前の皿からはいい匂いがした。

 再びスプーンを手に取る。


 先ほどのアーネの真似をするように、ゆっくりとした動作で掬ったシチューを口に運んだ。

 今度は、手は止まらなかった。


「おいしい……」


 とろりとしたシチューは知っているものよりも乳臭さが強く感じられたが、それよりもなによりも、久しぶりの温かくまともな食事に、勇那は泣きそうになるのをこらえて食べた。


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