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報復した少女は逃亡した  作者: 夏樹


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13/14

小さな宝石

投稿時に間違えて一部消えてしまっていた文章があったので、追加しました。(タビの記載)

 どれくらい時間が流れただろうか。

 車の比にならないほど揺れる馬車の中、お尻や足が痛いのを我慢して揺られ続けた勇那は、疲労も相まってぼんやりとしていた。袋の中で酸素が薄くなっていることも関係あるだろう。


 だから、不意打ちのように腕を二回叩かれたとき、肩が跳ねた。ぱちぱちと瞬きを繰り返してアーネを見ると、ぎっと睨みつけるような視線でさらに二回叩かれた。さっきよりも痛い。


(あ、転移しなきゃ)


 我に返ってアーネの腕をつかむと、タビを抱きしめて馬車の上空に転移した。


「っ、まぶしっ」


 御者の視界に入らないことを意識したせいか、周囲の木々の三倍ほどの高さに飛んでしまった。隣でアーネが悲鳴を呑み込んだ気配がした。


 落下と共に頬を風が打つ。夜は明けたらしく、山間から美しい朝日が見えた。

 眼下には、大きな壁に囲まれた大きな街が広がっていた。シャウの街に似ていたが、この街は山を背に楕円形に広がっている。

 勇那たちを乗せた馬車はちょうど外壁に到着したところだったらしく、ゆっくりと門の中に入っていった。


「は、早く、飛んで!」


 街を見渡していた勇那は、途切れ途切れに聞こえるアーネの声に意識を戻された。

 高所を飛びなれた勇那と違って、落下する浮遊感が怖いらしいアーネは勇那の腕にしがみついている。

それを横目で確認して、勇那は急ぎ街に目を凝らした。


(どこか、人目につかない場所は……)


 真下の石壁は門に近すぎて目立ちそうだ。

 しかし、この街はシュテルンの王都とは違って高い建物が少なかった。降りるなら、二段階的に空中で転移して地上の物陰に降りるほかない。

 迷っている暇も、探している暇もなかった。


 勇那は視界の左端にとらえた馬小屋らしき建物の方へ転移を決めた。

 一回目で門の上空から馬小屋の方角へ転移する。


(あれ、思ったより近くに行けなかった? でもあと一回)


 意識したよりも手前に転移してしまったことに疑問を覚えながらも、勇那はすぐ二回目の転移に移った。地上が近くなった分、迷っていたら落下するだけだ。

 先ほどよりも近くなった馬小屋の陰に転移するイメージでスキルを発動する。


(あれ?)


 まるで何かを掴み損ねたような、手が空を切ったような手ごたえのなさを感じた。


「え」


 視界が切り替わった先は、地上ではなかった。

 狙った馬小屋の陰よりも数メートル手前。地上からは二メートルほど上空に転移してしまった勇那たち。


 勇那はとっさにもう一度飛ぼうとしたが、今度こそ完全に手ごたえがなかった。そこで初めて、己の中にあった何かが空っぽになっているのがわかった。


(落ちる!)


 重力に逆らわず落下する体に、勇那は久しぶりの恐怖を感じて思わず目を瞑ってしまった。

 勇那にできたのは、腕の中のタビを守るように抱き込むことだけ。右腕にしがみついたままのアーネと共に態勢を崩し、そのまま下に落ちた。


「よくも私を下敷きにしてくれたわね」

「ごめん」


 数分後、全身を干し草まみれにした少女二人は座り込んで向かい合っていた。

 勇那たちがもつれあうように落下した場所は、幸運にも干し草が積まれた場所だった。高さもあまりなかったことから、多少のクッションになったらしく、全身を激しく叩きつけられることだけは回避できた。


 搔き分けるように干し草の海から抜け出すと、落下音で人がやってくる前に二人はその場を離れた。


「魔力切れには気をつけなさいと言ったでしょう。もっと高さがあったら二人ともぺちゃんこになって死んでたわよ」

「いや、気を付けてたし、回数に間違いはなかったんだけどな。なんか、思ってた距離が飛べなかったんだよね」


 勇那は、転移時に感じた違和感に首を傾げた。


「なら、回数じゃなくて距離の限界だったのでしょうね。限界飛距離を把握してなかった弊害だわ」

「ああ、そっちか」


 確かに、上空を飛び回った初日はボーナスタイムのおかげで回数制限もなかったが、飛距離の制限もなかったからイメージ出来たならどこまでも飛ぶことができた。だが、今どれだけの距離を飛べるかは分からない。


「回数なら分かりやすいんだけど、距離だといまいち分からないんだよね」

「貴方はシャウに向かう前に、スキルの把握をしなさい。またこんなことがあったら次は大怪我するわよ」

「うん、気を付ける。タビもごめんね」


 タビは勇那が抱き込んで守ったが、それでも驚かせてしまっただろう。

 勇那が腕の中をのぞき込むと、タビは無言で見つめ返してきた。


「タビ?」

「会話を解禁しないと、獣魔は主に忠実よ」

「あ、そっか。タビ、もう話していいよ」


 勇那が許可を出すと、タビは嬉しそうに笑みを浮かべた。


『やった。おしゃべりできないってけっこうしんどいんだね。たいくつだった』

「ごめんね。約束守ってくれてありがとう。苦しくなかった?」

『ううん、大丈夫!』


 元気なタビの声に、勇那の心も軽くなる。

 人身売買という恐ろしい場所から無事逃げ出せたことに、勇那は改めてほっと息をついた。


「いつまでもここにいたら目立つわ。移動しましょ」

「そうだね。それにちょっと着替えたくない?」


 アーネの指摘に最もだと頷きながらも、勇那は自身の草まみれ姿を指した。次いでアーネの服も指す。


 互いに髪に干し草が絡まったまま、服も薄汚れているし所々破けている部分もある。顔は煤けていて、アーネなんかは長く地下牢にいたせいか心なしか下水のような臭いもする気がした。

 自身の姿を日の下で再確認したアーネの頬に、さっと朱がさした。


「そ、そうね。このままじゃ人目につくでしょうし、服屋を、いえ、その前に換金所を探しましょう」

『お顔まっかー』


 初めてみる年相応な態度につい笑いそうになりながらも、勇那はぐっとこらえて頷いた。

 アーネの懐には、宝石が詰まった小袋がある。あれをお金に変えられたら、服や旅支度を整えることはできそうだ。


 勇那たちは、せめて顔だけでも綺麗にしようと近くの井戸で顔を洗った。タオルもないのでワンピースの裾で拭くという適当さだったが、煤けていた顔が綺麗になると、アーネの美しさがよくわかった。頬がやつれ気味ではあるものの、手も綺麗だし、お姫様みたいという最初の印象は変わらない。


(話し方はお嬢様っぽいし、態度も大きかったし、アーネって貴族っぽいよね)


 どうしてあんな所に居たのかというのは、シャウの街のシスターのせいだろうが、シャウの教会に来た経緯を勇那は知らない。それを聞けば、勇那も同じように話さなければいけなくなりそうで、聞けずにいた。

 鑑定のスキルを持っているアーネに適当な嘘はつけない。


(ま、おかげで色々助かってるし、無理に聞く必要ないしね)


 誰だって、言いたくないことはあるだろう。


 タビの額を見られないように胸に抱き、勇那たちは人が動き始めた朝の混雑に乗じて大通りで換金所を探した。

 看板が店の前にぶら下がっているものの、異世界の文字は勇那にはさっぱり分からなかった。なんとなく、文字の下に添えられたイラストで予想づくものもあったが、逆にさっぱり分からないものもあった。


「ねえ、あれはなんのお店なの? あの逆三角の書かれた看板」

「あれは魔石店よ……あなた、文字は読めないの?」

「うん。話すのは問題ないみたいだけど、読み書きはさっぱり」


 隠す意味もないと、勇那は肩を竦めながら答えた。


「でも、看板にある絵でなんとなくわかるよ。あっちは宿屋?」

「そうよ。その隣はパン屋ね」

『いいにおいがする』

「じゃあ、斜め向かいの店は武器屋でしょ。その隣は……天秤?」

「あれが換金所よ。ちょうど見つかって良かったわ」


 人の流れに沿うように歩きながら、そっと店に入った。

 朝方だからか、店には店主らしき男以外誰もいなかった。


「いらっしゃい」


 男は勇那たちを見て一瞬目を見張ったが、すぐに表情を消して声をかけてきた。


「これを換金してちょうだい」


 アーネは、袋から出しておいた一粒の宝石をカウンターの上に置いた。

 それは、屋敷から持ち出した宝石の中でも一番小さい、添え物のような宝石だった。


(えっ、そんな小さな石だけ? 他にももっと高く売れそうなやつが入ってたはずなのに)


 背後で内心驚いている勇那を他所に、アーネは腕を組んで店主を見た。


「何も聞かずに換金してくれるなら、相場の七割でいいわよ」


 アーネの言葉に、店主はじろりと勇那たちを見た後、台の上の石を手に取ってルーペで確認した。何度か角度を変えて確認したあと、男はカウンターの内側から袋を取り出すと、銀貨五枚をカウンターに置いた。


「これで納得できなきゃ、うちはお断りだ」

「これでいいわ。ありがとう」


 アーネは銀貨五枚を手に取ると、戸惑う勇那をつれてあっさりと店を後にした。


「ちょ、ちょっと! あれでいいの⁉ ダイヤだったよね。銀貨五枚って、安くない⁉」


 慌ててあとに続いた勇那は、道を歩くアーネの後をついていきながら声をあげた。


 勇那のなかで、宝石というのは非常に高価な代物だ。それを換金するのだから、てっきり金貨数枚くらいはすると思っていた。銀貨の価値も正直あまりわかっていないのだが、それでも銀貨五枚は安いのではないだろうか。


「も、もしかして偽物だった? それとも安く買いたたかれたんじゃ」


 心配する勇那に、市場通りを過ぎて比較的人が落ち着いた通りに出たアーネは、ため息をついて立ち止まった。


「馬鹿ね。偽物だったら銀貨五枚もしないわ。あれでいいのよ」

「え?」


 意味が分からないという顔の勇那に、アーネはまたため息をついた。


「貴方、今の私たちがどう見えるかわかってるでしょ?」


 自身を指さされ、頷く。

 目の前の少女は、顔の汚れを落としたものの、服は煤けて靴も履いていない。髪もぱさぱさで、近づくとやや臭う気もする悲惨な姿だ。勇那はここまで酷くないものの、全体的に似たようなものだ。


「わかってるよ。だから、服を調達するためにお金が必要なんでしょ」

「あのね、こんなみすぼらしい恰好の女が高価な宝石を持ってきたら、誰だって盗品を疑うのよ。そうじゃなくても、金に困っているのは一目瞭然。足元見られるに決まってるわ」


 言われて合点がいった。

 確かに、こんな姿の少女二人が高価な宝石を持っていたら、普通は不審に思う。


「よくて門前払い。最悪、身ぐるみ剝がされてまた売られるわよ」

「治安悪っ!」

「分不相応な財産を持ってたらそうもなるわよ」


 当然だというアーネの態度に、勇那は異世界の治安の悪さを再認識し頬を引きつらせた。

 日本は世界的にも治安の良い国だと言われていたが、生まれた時からそんな治安の中で生きてきた勇那にとって、異世界はどこもかしこも危険地帯だ。


「あの店は、七割だけど換金してくれた。融通の利く店ね」

「でも、銀貨五枚だけでこれから大丈夫かな」

「ドレスを仕立てるわけじゃないんだから、古着屋に行けば十分よ。身支度が整ったらまた売りに行けばいいわ。一度に全てを売るんじゃなくて、小出しに少しずつ売るなら問題ないはずよ」


 計画的なアーネの言葉に、勇那は目を瞬いた。


「何?」

「いや、町の生活に詳しいなって、結構意外で」


 言ってから、踏み込み過ぎた話題だと勇那は後悔した。

 アーネの顔から表情が消える。


「……少し、詳しい知り合いがいただけよ」

「そ、そうなんだ」


 それから古着屋を見つけるまで、二人は無言の時間を過ごした。


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