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報復から始まる異世界逃亡

 勇那は気が強い少女だった。

 やられたらやり返すをモットーに、小学校でいじめっ子に突き飛ばされたときも、中学校で先輩にパシリにされそうになったときも、強気な性格が災いして生徒指導の先生に理不尽な叱られ方をしたときも、短気は損気と言われようと納得いかないことには徹底的に抵抗した。


 だから、勇那は今回だって絶対に許さない。どれだけ建設的じゃないなんて諭されようと、泣き寝入りなんて冗談じゃない。


「ああっ、よくぞ来てくださいました聖女様。どうか、この国のために力をお貸しください」


 目を開くと、正面にアニメの王子様みたいな煌びやかな衣装を着た、金髪の上品そうな青年が進み出てきた。


「私は、シュテルン王国王太子、エアハルト・オスト・フォーゲルシュテルンと申します。この度は、聖女召喚の儀を取り仕切らせていただきました。聖女様、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

(こいつか)


 わざわざ前に出て名乗ってくれたため、大変分かりやすかった。ひと際きらきらしてたから、一目瞭然ではあったが、万が一間違えないために役職の確認は大事だ。

 込み上げてくる怒りを抑え、勇那は女神と名乗った女に教えられた通り、狙いを定めた相手を指さし短い言葉を唱える。右手に黒い子猫を持っていたから、向けられたのは左手だ。


「神意スキル、転移」


 その瞬間、指の先にいた青年の足元に複雑な魔法陣が瞬く間に展開した。


「な」

「殿下っ」


 一瞬のうちに、光に包まれた青年が姿を消した。

 これにて復讐完了。

 驚愕のあまりか、その場は静まり返った。


(あっけないもんね、もう終わっちゃった)


 目的を果たせたのなら、ここにはもう用はない。駆け寄って来る神官みたいなおじさんの手が届く前に、勇那はまた短い言葉を唱えた。


「転移」


 次の瞬間、勇那は屋根の上にいた。急に変わった足場が不安定でぐらついたが、姿勢を低くして手をつくことで、なんとか落ちずに済んだ。下は大騒ぎだ。


(本当に、出来た)


 半信半疑ながら言われていた通りに魔法が使えたことにほっとする。

 屋根の天辺を掴んで足場を確かめながら恐る恐る立ち上がると、辺りを一望できた。

 さっきまでいた建物は高台の上のお城の隣に立っていたらしく、隣の二段ほど高い位置にお城が立っていた。さらに、高台の下には城下町が広がり、その外側をぐるりと壁が囲っていた。


(本当に異世界なんだ)


 お城も石造りの街も日本では見たことないものだ。海外だったらあったかもしれないが、魔法が使えた時点で地球の可能性はほぼ皆無だった。

 つい呆けてしまいそうになった勇那だったが、腕の中の子猫が叱るように頭をこすりつけてきたことで我に返った。


「そうだね、早く行かなきゃ」


 勇那は上から見えた城壁の上に転移した。しかしすぐにまた転移し、大きな屋敷の屋根の上に降り立つ。足場が悪くて少しぐらつくも、運動神経にそこそこ自信がある勇那はそのまま、また転移する。


(怖いけど、高い場所なら障害物はない。方角さえ間違えなければ、このまま城下町の端に行けるはず)


 力を手に入れたばかりの勇那には、まだ障害物を避けて転移する技術も勇気もない。万が一、転移先に壁や人などの障害物があったらどうなるかと考えたら怖くてたまらない。


 空中を跳ねるように転移を繰り返す。四度繰り返すと、城下町の時計塔の屋根に辿り着いた。王都の城下町なだけあって、下は大勢の人で賑わっている。真下は市場なのだろうか、天幕がずらりと並んでいて道が見えにくい。


(城下町の入口にも門があるんだ。でも絶対兵士に見つかるし、転移で壁を超えればいいよね)


 高台にあるお城を背に、楕円形に広がる町は広かった。上から見て分かる出口は二つ。町の壁の外には堀があり、出口にかけられた橋を渡らないと出入りできないようになっているが、転移魔法があれば出口なんてあってないようなものだ。後二回ほど転移すれば王都の外に出られる。


(でも、何の備えもなしに町の外に飛び出して、やっていける?)


 もとよりノープランだったが、鞄は召喚される直前に落としてしまったから、財布もスマホもない。辛うじてポケットに入れていたハンカチと飴玉二つが勇那の全財産だ。

 しかし、躊躇う勇那の背を追い立てるかのように城の方から光が天に上り、やがてゆっくりと幕を下ろすように、王都を光の膜が広がり始めた。


《イサナ!》

「っ!」


 子猫に名を呼ばれ、勇那は考えるより先に飛んだ。

 一度目の転移で城から最も遠い出口付近の二階建ての屋根に飛び、着地と共に思いっきり踏み切って再び転移した。ぎりぎり光の膜が降り切る前に飛び出せたが、堀の向こうは草原が広がっており見通しが良過ぎた。転がるように平原に転移した勇那の姿は門の見張り台から丸見えだったらしく、出口付近がすぐに騒がしくなる。


《このままじゃ追ってが来るよ》

「分かってる! もう行けるとこまで行くっきゃない」

《あと何回飛べるの?》

「さあ、ねっ!」


 門から馬が飛び出してこないうちにと、勇那は街道沿いにおもいっきりジャンプした。


(今日だけは制限なしって言葉、信じるしかないわ!)


 斜めに高さをつけて転移すれば、すぐに平原を見渡せる高さまで上がれた。落下する前に次の転移を繰り返し、平原を超えて川を超え、森を超え、谷を超えると写真でも見たことのない景色が広がっていた。


(ここは、異世界……)


 見れば見るほど思い知らされる現実に、勇那は沸き起こる苛立ちを吐き出すように大きく口を開いた。


「っ、異世界のバカヤロー‼」


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