砂
私はぼんやりしている。いつだってぼんやりしている。あまりにも上の空なもんだから視力が日に日に落ち続けていく。それでも私は上の空をやめない。やめようとも思わない。というかやめることができない。やめようと努力しようとしないから、いつまでたってもやめられないでいるのだ。わかってるそんなこと。いちいちうるさいんだよわかってるんだよ私うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
天井を見上げた。天井というか空?空を見上げた。私。広大な空。無駄に青い空。視界から障害物を排除する。意図的に電線やら何やらを視界から抹消する。そうすると私の世界はムラのない青になる。あまりにもムラがなさすぎて、私は眩暈を起こすぐらあああっ…………………………
空に吸い込まれそう。いや違う。空が落ちてきそう。違うな。とにかく私と空が融合しそうでしょうがない。私が存在する位置と空が存在する位置のちょうど中間地点で、私が空に取り込まれるのか私が空になるのか空が私になるのか空が私に取り込まれるかしそうな気がしてしょうがない。さっきからずっと。いやずっと前からずっと、確か空を見上げる度にそう思っている。ぐらっとする度にそう思っていたと思う。
電線が途切れたので視線を進行方向に向けて歩くことにした。私の世界は立体である。奥行きがある。硬さがある。ざらつきがある。熱がある。それらを平面化してみようと試みる。つまり見えている景色を絵画のように捉えてみようというわけだ。もっと簡単に言えば私の脳を混乱させてみようかなと思ったのだ。
そしてそれはすぐに実行に移る。私は思い付いた事を深く考えずにすぐ言ったりやったりしてしまう癖がある。癖というか考えられない。考えてから物を言おうとすると喋れなくなる。だから考えないで話すしかないのだ。そうしているうちに思い付いたことをすぐ実行する脳になってしまった。いやそうでもない。私だってちゃんと空気は読む。言っちゃいけないとこで言っちゃいけないことを言ったりなんかはしない。ところでなんだかわけがわからない。脳が混乱してきた。脳を混乱させることに成功しつつあるのだやったー!!!!!!!!!!!!!!とか思いながら何食わぬ顔で道を歩く。私の見ている世界は今、絶えず変化する絵画になっている。種類は油絵。しかしいつもの景色のくせにひどく他人行儀だ。よそよそしい。立体世界を平面化してみただけでこんなにも孤立感というものは増すものなのか?そう思った途端内臓がぎゅっと締まる。脳に血液が円滑に運ばれなくなってくる。なのに心臓は強く血液を送りだし、指先は微かに震え出す。ポッケの中から電子音が聞こえてケータイを開くとシュンの表示に通話ボタンを押してハイと言う。指だけじゃなく声まで震えていて
動揺する。受話器からおはようと言ういつもの話し方を聞いて、途端強張っていた内臓がみるみる解れていくのがわかった。
今どこにいる?ああゴメンもうすぐ着く。そ、別にいいよゆっくりで。うん、ありがと。混乱していた脳が整頓されていく。
今日暖かいね。だね。あっ、いた。駆け寄って抱きつくと、おっと言って受け止めてくれた。指先はもう温かい。シュンのいつもの匂いに脳の芯から溶けていきそうでしょうがない。いや絶対溶けている。私の脳は今溶解し始めた。いつのまにか世界は立体に戻っていて、私の臓器もいつのまにか解れている。やっぱり私の生きている世界はここなのだとひどく実感して抱きついたまま深呼吸をした。