第26話:魂落とし(マブイウトシ)と魂戻し(マブイグミ)
お祭りの会場で七海もリッカも見つからなくて、オイラは城へ帰ってきた。
まあそのうち帰ってくるだろって思ったからな。
今日は七海の部屋を使う日だから、そこで待っていよう。
「御妃さま、お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
なぜか、王妃さまもいるけどな!
心配性の王妃さまは、ふたりが(というかリッカが)帰ってくるまでここで待つつもりらしい。
だけどリッカが移動先に選んだのは、七海の部屋でもリッカの部屋でもなかった。
「大変です! 王子さまたちがケガを……」
「なんですって?!」
かけこんできた女官の知らせを聞き終える前に、王妃さまはあわてて立ち上がり、部屋から飛び出して行く。
案内する女官、王妃さま、その後ろからオイラもついて行ってみた。
着いた場所は、おふろ。
ふろといっても、やたら広いけどな。
体を洗う場所に、血まみれになった七海がたおれている。
すぐそばにリッカがいて、半泣きで七海に治療の魔術を使っていた。
母ちゃんゆうれいもいるけど、ふたりを見つけたもののどうすることもできなかったのかオロオロしている。
「ナナミ! 目を開けろ! さっきまで起きていたじゃないか!」
リッカが必死で呼びかけている。
七海は目を閉じたまま、全く動かない。
リッカはなぜか着物を羽織っただけで前が開いていて、帯が無い。
七海はうつぶせにたおれているから前は見えないが、帯をしているからふつうに着ているんだろう。
ただしその背中は、刃物で切りつれられたみたいに裂けている。
どちらの着物にも、大量に血がついている。
七海の背中はもう元の色が分からないくらいに血で染まっていた。
着物が切れたところから見えるだけでも、かなり深い傷のようだ。
っていうか、なんでこんなケガをしたんだ?!
「リッカ! ケガをしたの?!」
しかし七海の血があちこちについたリッカを見た王妃さまは、リッカもケガをしたと思いこんでしまった。
御嶽でリッカがいなくなってから落ち着いていない王妃さまの心は、正常ではなくなっていたようだ。
ケガを確かめるためにリッカの腕をつかむ王妃さまの行動は、七海の治療に必死なリッカにはジャマでしかない。
「リッカだいじょうぶ?! 早く医者に診てもらわないと……」
「母上! ナナミを見ろっ!」
とうとうリッカがキレた。
バシッ! と叩くように手を払われて、王妃さまがたじろぐ。
「魂よ、魂よ、戻ってこい」
再び七海に向かい、グッタリした体をだいてリッカが唱える言葉は、オイラも知っているものだった。
沖縄では人は魂を7つ持っていて、ビックリしたときや大きな衝撃を受けたときに落とすことがあると言われている。
魂を1つでも落とすと具合が悪くなったり精神的におかしくなったりするので良くないとされていて、落とした魂を呼びもどすために、おまじないの言葉がいくつかある。
地方や世代でちがう言葉らしいが、魂を呼びもどすという目的は同じ。
リッカが唱えた言葉は、その1つだ。
冷静な判断ができていなかった王妃さまも、魂を1つか2つ落としていたのかもしれない。
リッカが唱えた言葉は七海のためのものだったけれど、同時に王妃さまの魂も呼びもどしたようだ。
「ナナミ……」
ようやく、王妃さまは七海を見た。
七海は死人のように青白い顔で、目を閉じたままピクリとも動かない。
「魂よ、魂よ、戻ってこい」
王妃さまは七海の頬をなでて、魂戻しの言葉を唱えた。
おろおろしながら見ていた2人の女官も、それぞれ七海の手をにぎって同じ言葉を唱え始める。
「魂よ、魂よ、戻ってこい」
「魂よ、魂よ、戻ってこい」
その言葉は、オイラや七海がいた世界では、おまじないみたいなものだ。
だけど、イリキヤアマリ神から魔術を授かったヤイマ国では、強力な蘇生と回復の力をもつ言葉だった。
オイラは七海の魂の光を見た。
さっきまで消えそうなくらい弱くなっていた青い光が、強く輝き始めたのが見える。
魂の光がふだんと同じくらいに強くなったころ、傷は完全に治って、七海は目を開けた。
後から七海に聞いた話では、港を爆破しようとした不審者たちがいて、犯行現場を見てしまったので襲われたとのことだった。
その犯人たちは七海が雷の魔術で気絶させて、港の警備兵に引き渡されている。
七海は港でケガをしてから城に帰るまで、ふらついてはいたけど意識はあったらしい。
リッカは血を片付けやすい洗い場に【帰還】で移動して、治療と着がえを済ませたら2人でコッソリ部屋に帰ってねるつもりだったと言っていた。
ところが、着いたとたんに七海が気を失ってしまい、あわてて治療しているところを女官に見つかり、王妃さまにバレちゃったというわけだ。
まあ、もしもコッソリ部屋に行けていたとしても、部屋には王妃さまが待っていたからバレたはずだけどな。
その後、護衛もつけずに子供同士で外出したから、2人(特にリッカ)はたっぷり説教を食らうことになった。




