昼飯
「混んでるなあ」
ギルドの中へ入ると食事用のテーブルとイスはほとんど埋まってしまっていた。真昼のギルドはクエストをこなし、ギルドで食事をとる冒険者で埋め尽くされているのだった。
「出遅れたかあ。どこかに空いてる席は...」
あたりを見回すと奥の端のほうに1人用の席がひとつだけ空いているのがわかった。俺は迷わずそこへ脚を動かして近づく。絶対にこの席をとる。そういった決意をかためたのだ。1歩、また1歩その席へ近づく。俺にはもうそれしか見えていない。手が届く距離まで近づいた! 俺の手はそのテーブルに接着した。5本の指がテーブルにべったりと張り付いている。この席はもう俺のモノ。
そのはずだった。このテーブルにもう1つ手が置かれている。それは俺の手ではない。即座に俺はイスに座る。顔を上げる暇はない。俺はこの席をとる。そう決めたのだ。とった! 俺のけつはすでにイスに置かれていた!
「あ...」
そんな聞き覚えのある女性のかすかに漏れたような声がした。顔を上げる。その声の主は前、俺が救ったリコ・ガラポーユだった。彼女が口をひらく。
「その席、私のなんだけど...」
その口からは、わずかにむかついているような声で、わけのわからない言葉が出されていた。
「は?」
俺はそんな素っ頓狂な声を上げてしまった。
「だから、その席は私のもの。私が先に手をついてた」
何を言っているんだこの女は。先に手がついていた? どう考えても俺の方が早く手をつけていただろう。それに、彼女のほうが先に手をつけていたとしても俺はすでにケツがついている。どう考えてもこの席は俺のものだ。だからこそ思っていることをそのまま口にする。
「何を言ってんだよお前。この席は俺のものだ。なんだってイスにけつがついているんだぞ」
すると彼女はこう返す。
「な...あなたは先に手をつけられていた席のイスになんの躊躇いもなく座り込んでその上自分の席だと言い張るの!?」
どう返せばいいのかわからない。確かに客観視すれば俺は異常なのかも知れない。普通の人間ならば話し合いでどうにかするのかも知れない。たが俺はこのイスに座る。そう、心に決めたのだ。ならば俺にはもう彼女と言葉は交わす必要なんてない。
飯を机におく。パンを包んでいるものを、俺はこの席は俺の、俺のための飯を食うための席だ。そう証明するかのごとく盛大にやぶく。
「ちょっと! あなた、何平然と食べようとしているの!」
目の前の女が何か言っている気がするが今の俺には届くことはない。
「いただきます」
そう言葉を吐いて俺は目の前に置かれたパンを一口、また一口と食べ進める。今日のパンはフランスパン。その硬い感触と味を存分に味わいながら満喫する。そしてそのパンが俺の口の中に吸い込まれ、そのまま飲み込まれる。数秒前まで俺の口にあったものが完全になくなったことがわかった。そして俺はこの言葉を口にする。
「ごちそうさまでした」
そうして席を立ち上がり、隣で俺に文句を言っていた女を置き去りにしてその場から去るのだった。