まずは顔合わせ
「起きてください」
「あぁ……?」
俺は白い光の中にいる。
奥には女神らしいやつが佇んで、此方を覗く。マジで金髪で女神としか言いようがないが、そこらの女神と比べてダイナマイトボディだ。
「こういう状況なら説明はないと見ますが?」
「その言い方が気に食わない。異世界転生ってくらいは言って欲しい」
「言い返す元気があるのなら大丈夫ですね。ようこそ、異世界の入り口へ」
夢だろうと思ってポケットを漁ると学生証がある。しっかり俺の名前が書いてるから、これは夢ではないか。
何で死んだんだよ……と自分の身体を見たら、着てた青いパーカーに切られた跡がある。
「他殺が原因で貴方は異世界転生に相応しい人材と判断して、お誘いした次第です。柚咲 祐樹と言いましたね」
「間違いないってことはお前アレか、異世界転生する前の案内人女神。というか概念の世界なら、幾らでも建築し放題なのに人選ぶんだな」
「概念の世界なら神様も生きてる、そう言うなら疲れもします。萌え豚はともかく声豚の為に異世界作るとか一利もないんですから」
「辛辣だな。しかし、俺が拒否したらどうするつもりだ?」
「拒否権はありませんよ」
なんて女だ!拒否権ないとかほざきやがったぞ。
てか今他殺ってはっきり言いやがった。誰に殺されたんだ!?
「待ってくれ、異世界転生やってやるから一つ聞かせてくれ。俺誰に殺された?」
「そこらへんの一般人が“推しと同じ色のパーカー着てるから”って殺されたようですよ」
「はぁ!?」
「もっと細かい説明は要りますか?夢女のくだらないポエムを100分聞かせることになりますけど。DLsiteに10円で投げ売れるレベルの下らない代物です」
マジで納得いかねえ死因だな。
それは異世界転生が終わったあとに、呪殺しに行くしかない。怒りに震えていると、女神が口を開く。
「答えたので私の番ですね。
今回異世界転生をしてもらいますけど、普通に過ごしてもらえると助かります。真面目に生きてたら、少なくとも損はしないでしょう」
「魔王倒せとか言わないんだな」
「私が楽しめればそれでいいので。死なないように、何か能力は付けますよ。着いてからのお楽しみ、ですけどね」
このなすり付けられた転生をやり遂げない限りは、殺した奴への仕返しも認めて貰えなさそうだし。
とりあえず、ものは試しというか体験してみないと文句いうに言えないからさっさと転生しよう。女神を急かすと、下から扉を生やして指を差した。
「そこから出ていってください」
「やけに冷たい」
「そろそろ眠いので」
絶対結婚したくない奴だってことはわかった。
扉を開こう、こんな雑な始まり方する異世界転生は割と例がないんじゃねえか?小説で書くなら多分1000文字地点だぞ。
◇
扉の先は、城の中だった。綺麗な装飾や、我先へと
ああ、冒険の始まりだが、こんな静かに出て来ては英雄扱いなど程遠い。
なんとかバレないうちに脱出しよう。兵士に見つかったら大変そうだ。この廊下を歩いて城を脱出しよう。
「そこの坊や」
「ああ、誰が坊やだ」
廊下を目立たないようにゆっくり歩いていたが、声をかけられたのでそちらを向くと、黒い髪を伸ばしてドレス姿で魔女帽を被った女がいる。まさしく魔女だな、惚れ惚れする。
「あそこの扉から出て来たということは、おそらく転生したのだな?お姉さんにはわかる、私もそうだったからな」
「まず名前を名乗れよ」
「ジャパニーズは冷たいな。私の名前はアル・カポネだ、よろしく」
「アル・カポネか。俺は柚咲 祐樹、よろし___」
今なんつったこの女。アル・カポネって言わなかったか?
俺の聞き間違いだな、あいつは小太りのおっさんだった。少なくともこんな美しい女じゃないはず、アルって女の呼び名はある。
ただ、不安だからいくつか質問してみよう。
「すまないアル、幾つか質問をしていいか?」
「構わないよ」
「デンプシーロールと呼ばれるボクシングの戦法を生み出した、ボクサーの名前を知っているか?」
彼女は若干嬉しそうな顔をした。俺は少し血の気が引いた。
「ジャック・デンプシーだね。私は彼のファンだったんだ」
「じゃあ、アルはその時代の人間か。第二次世界大戦の時代か__
失礼、追加で質問をしていいか?」
どうぞ、時間はあるから答えよう。と余裕を崩さないアル・カポネとやら。
「ペニシリンという物を知ってるか?」
少しだけ嫌な顔した彼女。ああ、俺の体にある血がどんどん冷えていく。
「第二次世界大戦で数々の兵士を感染症から救った抗生物質だよ。私も生前、使ったことがある……しかし君、さっきからやけにアメリカンな質問をするじゃないか。もしかして移民かい?」
「移民じゃない。たまたま思い出したことを聞いてるだけだ」
彼女の顔がまたフツーな、ノーマルな顔に戻った。
いやあ、まさかな。仲間フラグ立ちそうなやつが、な_____
少し後退りする俺を見て、アルは質問をしてきた。
「では私からも質問をしていいかな?」
「構わないが……」
ありがとう、という彼女。そうして出て来た質問は、俺の嫌な予感を刺すものだった。
「戦艦ポチョムキンのオマージュシーンがある、ブライアン・デ・パルマ監督作の主演ケビン・コスナーの作品は?」
「アンタッチャブルだろ……助けてええええええーっ!?」
腰が抜ける。こいつ本物だ!
おいおいおいおい冗談じゃない!なんでたって最初の仲間が悪名高いギャングなんだよ!?もっとあるだろプリーストとかヒーラーとかシールダーとか!
「なんでガチモンのアル・カポネがTSしてるんだよ!」
「私もあの厄介者の女神に呼ばれてね。乗り気はなかったが、未来の流行りをタダで見てみたくない?と誘われて乗った次第だ。尤も、女体化するとは思わなかったけどね」
「俺てっきり異世界カルテット風だと思ってたのによりにもよってドリフターズ味かよ!ああ、助けてヒラコー……」
「おやおや悪名高すぎたか、ちびる必要はないのに」
怯えない方が無理あるだろ。
禁酒法時代のアメリカで好き勝手やっていたギャングの代表格、創作物のギャングの基盤を作ったある意味偉人だ。
「なに、怯えるほどでもないさ。私は小太りのおっさんから宿の娼婦を嘲笑えるほどのお姫様になったんだ、とてもじゃ無いが昔ほど暴れて汚していい姿ではなくてね」
「それ本気で言ってくれないと困るやつだが」
「合う格好がこれしか無かった以上、人殺しを安易にやろうものなら魔女認定されて即火炙りさ。ただでさえ前世は梅毒に脳卒中から肺炎のフルコンボをもらってしまったんだ、今度の生は穏やかに死にたくてね」
心配事しかねえぞ、頭を抱えそうになる俺。そんな俺を置いておいて、そう言えばと別の話題を切り出す彼女。
「君も異世界転生した以上、何かしら能力を持っているはずだが。私でさえ貰ったんだ、配り忘れはあり得ないだろう」
「アルは何を貰ったんだ?」
「私はこれさ」
取り出したのはファンタジーに何一つそぐわない白銀のでかい拳銃を二つ。ロングスライドで、見た感じデザートイーグルくらいはありそうだ。
「リロード不要な55口径の拳銃さ。弾の補充をしなくていいのはいいことだし、何よりこのバケモノみたいな銃は私みたいなやつにぴったり」
「あの女神絶対ヒラコー好きだろ」
「さて、ユウキだったかな。君の能力を教えてくれるか?」
「悪いがわからない」
即答する。
何か祈ってみても、出る気配がない。それどころか何の運命も感じない。何かあるはず、と思ってみても引っ掛かる予感もなし。
「能力は渡すっつってたから、後々分かるはずだ。別の話をして時間を潰したいが……てかアル、55口径なんて片手で使えるか?50口径のデザートイーグルだって、片手で打ったり姿勢が悪かったら脱臼するレベルだぞ」
「元の身体では十中八九無理だっただろうね。しかし、異世界転生して高身長の恵体を手に入れたのが私だ。先ほど弓兵部隊の練習様の藁人形を一個頂いてやってみたが、片手で撃った感触は38口径よりも軽かった。威力は想定通りだったから、問題はないよ」
「なるほどな……」
そう言えばさっきまで驚いて尻餅ついたのに今では普通に立った挙句アルっつって気軽に話しかけてしまっている。ありえないことに常に巻き込まれ続けたのが幸いしたのか、俺は禁酒法時代のギャングの王を前にして、普通に言葉を話している。
窓際に肘を置いて外を見ると、兵士が練習してる。壁の向こうが少し見えたら、緩やかな山と川と平原が見えた。
「ユウキ、この光景は好きかい?」
「ああ、今の所この景色以外に良いこと無かったからな」
「そんなにギャングが嫌いかい、任侠物と何も変わり無いのに」
「あんまりそういうの好んで見てねえんだ」
にしてもあの女神、なんでアル・カポネを転生させようと思ったんだ。その次が俺とかどういう神経してやがる、無茶だ。
この先王様とかに会ったら、どういう反応したらいいのか。そもそもどんな無理難題を出されるのか気が気でない。
窓際の鳥を見て、ああ……これに生まれ変われたら楽なのになって愚痴をこぼしそうになる。
「お二方、王がお呼びです」
ため息を吐いたら、通路の奥から兵士がやって来た。
勲章が多いな、相当な地位のものと見える。
「お待たせするわけにはいかないな、上には敬意を払わないとね?」
「流れに流されるままに転生したが、お陰で中世の礼儀作法を知れる機会を得たと思うことにするか。分かった、案内してくれ」
二人で兵についていく。
さて、この異世界の王はどんな姿かな。髭生えてたりするのかはたまた王子か。