8.呼んでもないのに訪ねてくる客
俺は、見たことも無い宙に浮かぶ悪魔を見て、戦慄した。
こいつに、何かされたら終わりだ。
魔法一つで、俺の人生は終わってしまう。
ヤバイ、この悪魔の名前とか分からない。
「格納、俺の目の前のヤバイ悪魔」
シュンッと目の前の悪魔が消え去る。
助かったーっ。
名前が分からなくても、「目の前のヤバイ悪魔」で何とかなった。
本当に危ない所だった。
反省した俺は、即座に回れ右して、ダンジョンから出て行った。
モンスターハウスは復活していなかったので、助かった。
焦っていたせいで、石の玉の回収も忘れるほどだった。
ギルドの受付で冒険者の証をチェックしてもらったら、グールを128匹も倒していて、そこそこのお金も稼げた。
石の玉無しで、あのモンスターハウスは突破できないから、あのダンジョンはもう攻められないな。
でも、すごく心が重い。
無事家に帰りついても気が気ではない。
すごく強そうな悪魔だった。
袋から出てくるんじゃないかと怖くなって、袋の口を何重にも縛ってしまった。
翌日、朝からお客さんが訪ねてきた。
「おーい、ブクーッ。いるかー?」
この声は、リサだな。
窓を開けて、文句を言う。
「おい、リサ。
俺は、昨日『悪魔の母』の様子を見に行って、死にそうになったんだ。
もう少し寝かせてくれよ」
「ええっ? 『悪魔の母』にソロで挑戦した人がいると聞いたんですが、やはりあなただったのですね」
なんだ? と思ってリサの後ろを見ると、この間5人組に絡まれていた3人組じゃ無いか。
でも、この人たち、姫とか呼ばれていたな。
偉い人に粗相をしたら、不敬罪とかで捕まえられるかもしれない。
ここは無難に乗り切ることにしよう。
リサの大声は、近所迷惑だしな。
「あの、ここでは何ですから、中にお入りください」
リビングに女性4人を通して、イスに腰掛けてもらったが、そんなに広くない部屋なので人で一杯になった。
「リサさん久しぶりー。
それと、あら、あの時の」
お茶を持って現れた妹のプラムが、3人組に気付く。
ちょっと邪険な態度だ。
「あの時は、本当にありがとうございました」
横に控えていた女性が差し出したカゴ一杯に、高級そうなクッキーが入っている。
「まあ、そんなに気をつかわなくても、オホホホ」
一瞬で、プラムが上機嫌になった。
さすが女性同士だ。甘いもので仲良くなれるのか?
3人の女性は、お忍びなのか前と同様顔を隠していたが、室内なので帽子を取ってマスクを外した。
3人とも、すごい美人だ。
両脇の二人のウサ耳が気になる。
カチューシャとかだろうか?
でも動くぞ。本物か?
触ってみたい。
食卓を囲んで、6人で並んでイスに腰掛けたが、ぎゅぎゅう詰めだ。
早速クッキーを口に放り込んで、リサが話し始める。
「モグモグ、さっき言ってたけど。
ブク、『悪魔の母』に潜ったのか?」
「ああ、ほんの入り口の所だけだけどな」
「それって凄いことですわ。
S級ダンジョン『悪魔の母』からの生還者は、今の所ブク様お一人だけですわよ」
3人組の中心の女性が、興奮してまくし立てる。
この人は、金髪で貴族感がすごく高い髪型だ。
縦ロールが入っている。
「俺は本当に、ちょっと覗いてきただけですよ。
唯一の生還者だなんて、おこがましいです」
「いえ、あの迷宮は初見殺しの罠が張り巡らされていて、非常に危険なのです。
初っ端からモンスターハウスで、力のない冒険者パーティーなら入り口からも帰って来られないと聞いています」
この人、やけに詳しいな。
「ええっ? ブク、そんな所を切り抜けてきたのか?」
リサの顔がワクワクしている。
「いやまあ、何とかな」
「ブク、アタイも連れてけ」
「え、なに?」
「だから、アタイも連れて行けって言ってんだよ」
何やら、リサがマジだ。
「お前は、今のパーティーで潜るんだから、俺と一緒じゃなくても大丈夫じゃないか」
「今の話聞いただけで、ワクワクが止まんないよ。
モーソイの奴、ブクがいなくなって陣形を考え直さないといけないからって、もう一回あのB級ダンジョンを攻めるって言ってんだよ。
まだるっこしいんだよ。
ブク、一緒に潜ろうよ。
アタイが守ってあげるからさー」
「えっ、いや、昨日の今日だし……」
うじうじ言い訳をしようとすると、ダンジョンに詳しい人が力強く押してくる。
「私たちも連れて行ってください」
「いや、あのダンジョンに潜ることが出来るのは、S級パーティーのメンバーだけですよ」
「では、パーティーの仲間に入れて下さい」
「そんな、今さっき初見殺しのダンジョンだって言っていたじゃないですか。
そんな所に、力量も戦い方も知らない人たちと組んで潜るなんて、自殺行為ですよ」
「そ、そうですね。失礼しました」
フウ、諦めてくれたか。
何故か、リサがニコニコしている。
「アタイは良いよな」
「何が良いんだよ?」
「アタイの力量も戦い方も分かってるだろ。
だから、一緒に行こうぜ。ブク」
「リサ、だからお前は自分のパーティーで潜れば良いじゃないか」
「そんな冷たいこと言うなよ。
アタイのパンツも触らせてやった仲じゃ無いか」
「ええっ? お兄、それどういうこと?」
プラムが、目を見開いている。
おいおい、誤解を招くような言い方は止めてくれよ。
縦ロール姫たちも、すごい目でこっちを見ているよ。
「いや、洗濯させられただけだよ。
はいてるのを触ったわけじゃ無いから。
それにリサ、お前はB級ダンジョンの攻略に行かなきゃいけないだろ」
「いいよ、そんなの。
どうせ慎重なブクのことだ。
2,3日で帰って来るだろ?」
ええ? 2,3日も潜る気なの?
「いや、行くなら日帰りだな。
それと良いのか?
勝手に他のパーティーに参加したと聞いたら、怒る奴もいるんじゃないのか?」
「いいよ別に。
アタイもクビになったら、ブクのパーティーに入れてもらうから」
あの転がる石無しでは、初っ端のモンスターハウスも突破できない。
それに戦闘力ゼロの俺では、そこから先も進めない。
リサほどの戦士は他にはいないし、まあこの話って俺的には損は無いな。
ちょっと力をお借りするか。
「分かった。そこまで覚悟を決めているんなら、リサの言うとおりにするよ」
「おう、さすがブク。
話せるじゃん」
バーンと肩を叩かれる。
だからあ、馬鹿力なんだよ。痛いんだよ。