57.二人の全て
こうなったら、仕方ない。
俺は、魔王の前に胸を張って立つ。
ハッタリの基本は、姿勢からだ。
「待て! 俺は雑魚だ。
俺と戦っても、退屈しのぎにはならないぞ」
「うむ、そうかも知れんが、貴様は危険じゃ。
倒さねばならん」
魔王が、一応聞く耳を持っているようだ。
「俺を倒してしまったら、これから何カ月もここで、瘴気が高まっていくのを待ち続けないといけないぞ。
たった一人で何カ月も待ち続けるのは、退屈なんじゃないか?」
「フハハハ。
貴様が話し相手にでもなってくれると言うのか?」
「そ、それも良いかも知れんぞ」
「もしそうだとしても、他の奴らには、しっかりとどめを刺しておくことになるが、構わんのか?」
「い、いや、それは困る。
俺の力は、仲間がいてこそ発揮されるんだ。
俺たちは今完全にバラバラになって、能力が発揮できない状況になっている。
もう一度、仕切り直させてくれないか?」
「そんなことをして、わらわに何の得があるのじゃ?」
「もう俺たちでは魔王ミリスに敵わないことは、理解したんじゃ無いか?
それだったら、もう一度やり直したら、少しは戦いになるかも知れない。
次の戦いの後の生き残りとまた戦えば、時間はしっかり経つぞ。
そして、人間がどんな知恵を働かせるのか、ここで知ることが出来る。
地上に上がった後に、人間と戦うのに良い予行演習になるぞ」
「うむ。そこまで言うなら仕切り直してやっても良いが、つまらぬ戦いをするようなら、直ちに全員の命を刈り取ってしまうぞ」
そういう訳で、俺たちは仕切り直しに成功した。
リサとロバート君は、完全に意識を失っている。
心臓と呼吸は止まっていないので、このまま寝かせておくことにした。
ソラは足を挫いていたが、イノリの回復魔法で歩ける程度に回復した。
だが、すぐには以前のように飛び回ったりできない。
俺は、イノリに聞く。
「イノリ、すまないがお前の全てを俺にくれないか?」
「えっ? こ、こんな所でいきなり何をおっしゃるのですか?
もう命が危険なのは分かりますが、ソラさんも魔王も見ていますよ」
イノリの顔が赤い。
「だ、ダメか?
じゃ、じゃあ、ソラ。お前の全てを俺にくれないか?」
「イノリがだめならボクに聞くって、何だか傷ついちゃうナリ。
でも、ボクはいいよ。
ボクは最初から、ブクちゃんには全て捧げる覚悟が出来ているから」
「ちょっとお待ちください。
わ、私も、ダメとは言っていませんわ。
た、ただ、諦めるのは早いかなとか、その、でも、何か作戦があるのですよね」
「ああ、俺を信じてくれ。絶対に後悔は……
させなかったら嬉しいな」
うう、最後の歯切れが悪いのが、俺だ。
「二人ともじゃないと、いけないのですか?」
イノリが不安そうだ。
「ああ、一人だけじゃ効果が薄いかも知れない。
二人とも全てを俺に任せてくれるなら、何とかなるかも知れない」
「分かりましたわ。
ブクローさんのその作戦には何度も助けられていますから、今度も信じています」
「ボクも、ブクちゃんの変態さを信じているよ」
イノリとソラが、同意してくれた。
「ありがとう。二人とも。
でも、あの魔王の圧倒的な力を見ただろ。
やっぱり、この二人じゃないとダメだったんだ」
俺は、二人の覚悟に心の底からお礼を言う。
しかし、変態とか言われるのは心外だな。
俺的には、これ以外に思いつかないから、正しい選択だと思うんだが。
「じゃあ、優しくしてね」
ソラが、ローブを脱ぎ捨てた。
その下には、薄い服しか羽織っていない。
ンホッ。目を奪われる。
「わ、私、初めてなんですのよ」
イノリが、聖衣のボタンをはずし始めた。
「い、いや、全てと言っても、ローブとか聖衣とかはいいから」
「えっ? 着衣したまま、するんですの?」
「さすがブクちゃん。変態だね」
「貴様ら、服を脱ぎだして、ここで一体何をする気じゃ?」
魔王の怒った声が響く。
「そ、そういう事ですのね」
イノリが、外しかけたボタンをまた留める。
ソラも、またローブをスポッとかぶった。
俺は、二人の耳に顔を近付けて言う。
「今から俺の言うとおりに、動いてくれ」
「分かりました」
「任せておくナリ」
「もう良いか?
そんなに長時間待たされるなら、それもまた退屈じゃぞ」
魔王が、もう待てないという感じで言い放ってくる。
「よし、じゃあ、はじめるぞ。
ソラ、イノリ。俺の言ったとおりに頼む!」
「はい。上級防御魔法、完全な魔法防御」
イノリの防御魔法が、俺の周りに強力なスクリーンを形成する。
「爆裂魔法、大爆発」
俺の足元で大爆発が起きる。
俺は、爆風で吹っ飛んでいく。
魔王の頭の上を飛び越えて、煙がもうもうと立ち込める小さな火口の様な所まで飛んで行く。
「貴様、そんな所に行って、何をする気じゃ?」
魔王が、睨みつけてくる。
俺は、無視して詠唱する。
「搬出、イノリの着替え用金庫、体力回復金庫、魔力回復金庫、治療薬金庫、燃料金庫、調味料金庫、……」
メモを見ながら、続ける。
「搬出、ソラの戦うキンちゃん、毒のキンちゃん、いこいのキンちゃん、恥ずかしいキンちゃん、……」
大型の金庫が、火口を埋め尽くすように現れる。




