5.お姫様との出会い
戦いたくない俺の一生懸命のお願いは聞き入れられそうにない。
先頭に立つ、元王立騎士団のヒデブとかいう人は、いきなり長剣を抜いた。
いかにも騎士団支給という感じの、高そうな剣だ。
きっと、すごい切れ味なんだろうな。
「えっ、ちょっとちょっと。
素手の敵相手に、そんな立派な剣を抜くなんて、卑怯じゃ無いですか?」
俺は必死で言うが、相手は剣を収める気配もない。
あんな剣で斬られたら、骨まで切られそうだ。
「卑怯だと思うなら、お前も抜け!
S級パーティーのメンバーなんだろう。
それとも、剣を使わずに戦うタイプの戦闘職なのか?
後ろの女たちは、やり合う気満々だぞ」
言われて振り返ると、俺の斜め後ろの女性二人は剣を抜いている。
確かに目がマジで、やり合う気満々なのがよく分かる。
ただ、そんなこと言われても、武器自体持っていないから俺だけ丸腰だ。
「いや、俺、剣持ってないし。
騎士団の人が丸腰の敵を倒したら、カッコ悪いんじゃないですか?」
「命のやり取りに、カッコいいも悪いもない。
貴様、これでも何も出してこないという事は、武器を使わずに戦うタイプだな。
油断させようったって、そうはいかんぞ。
死ねえ!」
地面を蹴って、飛びかかってくる。
やるしかない。
覚悟を決めた俺は、魔法の詠唱をする。
「格納、俺のヒデブ率いる暴漢5人組」
すまん。臭いと思うが、我慢してくれ。
というか、生きている人を収納するのは初めてだ。
5人組の指定で、5人とも消えるかどうかも分からない。
他の人の収納魔法は、中で時間が止まっているとか、真空状態なのでモノが腐らないとか聞いたことがあるが、俺のはモノも腐るし、中で瓶が割れたら内容物で他のモノが汚れたりしているんだから、大丈夫だろう。
多分。
一瞬にして、俺たちの前ですごんでいた5人組が、パッと姿を消した。
「フウーッ、やっちまった」
安心した俺は、何か口走ってしまった。
「お兄、カッコ良かったよ。
さすが、S級は伊達じゃないね」
プラムに褒められて、何だか嬉しい。
「感服いたしました。
本当に強い方というのは、自身の強さを誇示せず、戦いを避けようとするのですね。
あなたのような凄い方が助けて下さらなければ、私たちはどうなっていたことか」
俺の後ろに回らなかった、つまり戦おうとしなかった女性が、勘違い発言をしている。
遠くから、馬に乗った騎兵たちが駆け寄ってくる。
「姫様、ご無事で?」
えっ、姫様?
とにかく、収納庫に変な奴らをしまっておきたくないので、騎兵さん達にお任せしよう。
「搬出、俺のヒデブ率いる暴漢5人組」
何も起こらない。
何かミスったのだろうか?
もう一度詠唱してみる。
「搬出、俺のヒデブ率いる暴漢5人組」
やはり、何も起こらない。
俺は、少し嫌な予感がした。
予感が当たって欲しくは無いが、詠唱してみる。
「搬出、俺のヒデブ率いる暴漢4人組」
よかった。何も起こらない。
でも、念のためにもう一つ確認しておく。
「搬出、俺のヒデブ率いる暴漢3人組」
まさかと思ったが、さっきの男たちのうち3人が息も絶え絶えに、現れた。
「ハアハア、ま、丸い石の玉が……」
「あっという間に、アベシの奴が……」
3人とも現れると同時に、立っているのも無理とばかりに膝をついた。
石の玉? そう言えば、メモ帳を見ながら収納庫の物を全部出したつもりだったけど、丸い石はメモってなかった。
重力で転がっているのかと思っていたんだが、まだ転がり続けているという事は、魔法か何かで動いているんだろうか?
いやいや、それ以前に暴漢が二人減っているのが、気になる。
収納庫にしまったものが臭くなる位、色々なモノが散乱しているんだろうけど、人の死体とか絶対に見たくない。
どんなことになっているのか、様子が知りたい。
「あ、あのー、転送された先って、どんな感じでしたか?」
モヒカン刈りのヒデブさんに聞いてみる。
「ひ、ヒイーッ、お、おまえ、ち、近寄るな!
た、助けてくれー、こ、こいつは悪魔だー」
ヒデブさんは、駆け付けた騎兵に縋りつく。
エエーッ? そんなにひどい状況なの?
俺の収納魔法、もう荷物を収納できないな。
俺の右後ろで構えていた女性が、かしこまった調子で言ってくる。
「何かお礼を差し上げたいので、お名前をうかがうことはできませんか?」
そういや、襲ってきたやつらは王立騎士団がどうこう言っていたな。
そんな人たちの命を奪ってしまったかも知れないって、かなりまずいんじゃ?
いや、かなりヤバイ案件だろう。
もしかして、暴漢のフリをして暗殺するとかいう、政治闘争?
関係したら、俺達も命を狙われるっていうやつじゃね?
面倒ごとに巻き込まれるのは、ご免だ。
俺は、プラムと一緒に食事に出かけるんだい。
お礼には、ちょっと心が動いたのは秘密だ。
「名乗るほどの者ではございません。
それでは、私たちはこれで失礼いたします」
少しかしこまって答えてみた。
立ち去ろうとすると、俺のことを強いと勘違いしていた女性、姫と呼ばれていた人が、プラムを引き留める。
「あ、あの、お兄様と呼んでおられましたが、ご兄妹なのですよね」
「いいえ、年上だからお兄と呼んでいるだけです」
えっ、そうなの?
俺は可愛い妹だと思っているのに、あんまりだ。
姫と呼ばれていた人は食い下がる。
「で、では、どういったご関係なのでしょうか?」
「それをあなたに教える義務は、ございません。
お兄は、私だけのお兄なんだから」
そうだよな。
幼い頃に両親が亡くなって、天涯で二人だけの家族だからな。
まだ何か言いたそうな雰囲気を感じたが、プラムは俺の手を引っ張って、その場を去った。
店に近付くと、俺の腕にしがみついて来た。
強がっていたけど、怖かったんだな。
兄ちゃんが守ってやるからな。
でも、プラムよ。
ちょっと胸が肘に当たっているんですけど。
こいつ、こんなに大きかったっけ。
そういや、『ティーヘイン・ショック』の名前を出していたな。
でも俺はクビになっているし、俺への手掛かりには、ならないだろう。