3.栄光の日々の終わり
俺たちは、今度挑戦するS級ダンジョンの予行演習として潜ったB級ダンジョンの入り口で、一息ついた。
勇者のモーソイが、上半身裸になっている。
「まあ、それは良いとして、汗かいちまったよ。
ブクロー、着替え出してくれよ」
「ああ、アタイの分も。
前衛は動くからねえ」
いや、お前らは単純に石の玉をよけるのに走ったからだろ。
そう思いながらも、俺は呪文を唱える。
「搬出、モーソイの着替え袋、リサの着替え袋」
黒とベージュの、高級そうな革袋が現れる。
だが、何か様子がおかしい。
石でつぶされているのは分かるんだが。
そうだ。臭いだ。臭いんだ。
「ちょっとー、なにこれー。
くさいんだけどー」
リサが文句を言うが、確かに臭い。
さっきこぼれていた酒の匂いかとも思ったが、これは違う。
何かが腐ったような臭いだ。
俺の収納魔法では、中に入れたモノは、そのままでは腐ってしまう。
それで、いつもタップリ氷も入れて中身が冷えるようにしている。
もしかして、その氷たちも壊れたんじゃ。
念のために確かめてみる。
「搬出、俺の氷」
小さな氷の塊が、いくつか現れた。
ダンジョン攻略前には、ソラの魔法で作った大きな氷の塊をいくつか収納しておく。
それが砕けちゃったみたいだ。
おまけに、いくつか割れた瓶に入っていた薬品類が反応して、高熱になっていた形跡もある。
ということは、大変だ。
多分、朝から倒したモンスターの死体だ。
後で解体して必要な部位を取り出すんだが、今回は小型モンスターの死体を丸ごと収納していた。
しかも調子に乗って、必要以上に大量に狩りまくっていた。
心配になった俺は、モンスターの死体を出してみる。
「搬出、リサのシルバーウルフ、ソラのヒュージスパイダー」
試しに思い付いたモンスターの死体を出してみた。
原形をとどめていなかった。
しかも、腐って酷い臭いを発している。
これはコミカライズされたら、モザイク処理だな。
通常は、一日目の夜に解体する時に何の問題も無いんだが、今回は同じ経過時間でも冷やしていない。
そして、丸い石でつぶされて、ミンチになっていたようだ。
他の収納物も出してみるが、どれもこれも酷い臭いだ。
俺は、収納物を忘れないようにメモしていたノートを出して、その場で全部出してみた。
ほぼ、全滅だ。
「ちょっと、ちょっと、これは何?」
肩を落とす俺に、厳しい声が飛ぶ。
ソラだ。
ソラの手には、エッチな絵が。
そうだ、絵の上手い友達のエッシーが描いてくれたんだ。
そうだった。顔は、ソラの顔で可愛く描いていたっけ。
収納魔法の収納庫には、色々なモノも隠していたんだった。
「こんな絵を持っているなんて、汚らわしいっ!
それに、臭くてお話にならないナリー。
こんなもの、こうしてやるんだからあ」
ベリベリと俺のお宝たちは、破り捨てられる。
ソラの顔は数枚だけだったのに、全部破り捨てられた。
「何だい、気に入らないねえ。
ソラの顔とか、イノリの顔とかあったのに、アタイのは無かったよ。
どういうことだい?」
リサが、マジ顔で絡んでくる。
イノリの顔という言葉に、イノリが刺すような鋭い視線をこちらに向けたが、無言だ。
怖い。
「いや、それはエッシーのやつの好みが出ているんだと……」
俺の言葉を遮って、指をボキボキ鳴らしながら、リサがすごむ。
「何? エッシー? あいつか。
あいつ、アタイの魅力が分からないとは、本当にガキだな。
今度、〆てやる」
エッシーすまん。口が滑ってしまったようだ。
お前の骨は拾ってやるからな。
「とにかく、絵も許せないけど、ボクたちの服はどうしてくれるのさ?
こんな臭いの着て帰れないよ」
ソラの怒りは、ごもっともだ。
パーティーのホームは、街の中にある。
ソラはいつも街に入る時は、可愛い服に着替えていた。
「せ、洗濯させていただきます」
俺は、石けんとソラの着替え袋を持って、川の方に向かおうとした。
石けんは、表面を水で濯げば復活する。
だが、厳しいお言葉が来る。
「させないよ。
あんな絵を見た後で、ブクちゃんのことを信じられないから。
下着とか洗わせるのは、すごーく危険」
ソラに、水玉模様の可愛い着替え袋を奪い取られた。
ベージュの着替え袋が、ポーンと放って来られる。
「アタイのは洗濯頼むよ。
ご褒美に、アタイのパンツも洗わせてやるから」
それが、ご褒美かよ。
川で洗濯して、乾いたら出発することにした。
ソラとイノリは、自分の着替えは自分で洗濯していた。
俺は結局、自分のとモーソイとリサの分合わせて3人分洗濯することになった。
ハアーッ、疲れた。
3人分の洗濯も重労働だったけど、収納魔法で仕舞っていたモノたちが全滅していたこともショックだった。
そして、その後何を入れても臭いがうつるので、俺の収納魔法は誰も使わなくなった。
帰りの馬車で、ソラとイノリが口をきいてくれなかったのも、地味に精神的ダメージを与えた。
「ブクローさん。気を落とさないでください。
そんな日もありますよ」
落ち込んでいる俺を見て、御者さんがまた慰めてくれる。
こうして町に帰った数日後、俺はモーソイにクビを宣告されたんだ。